Episode1
―endless night 〜長い夜〜(1)―


探偵が殺人事件に出会った時、真っ先に求められる事とは何だろうか?
その中に秘められた謎を暴く事。何よりもまず冷静に行動する事。
それとももしかすると、自分の分をわきまえ、
自分に出来る限りの範囲で公的な―警察の担当官に協力することが正しい、
過ぎた事件への関わりは自らに危険が及ぶ、と言うものもいるかもしれない。

(まず、何もしないことだ―――――)

工藤 新一はこう考えていた。わざわざ現場を荒らすような真似をせずとも、
ただ眺めるだけでその空間は自分に多くのことを語ってくれるものなのだ。
事件とあれば見境無しに首を突っ込む以前の自分からは、だいぶ変わったと言う者もいないではない。
変わったことそれ自体は間違い無いのだろうが、新一本人としては、その変化をもっと小さなものと考えていた。

(だいぶスマートになってきたな―――――)

という父親の言葉が、あるいはそれを最も良く表していたかもしれない。
むきになって行動する事が無くなっていた。本来の自分の姿を取り戻して三年。
時はゆっくりと―しかし確実に人を変えていく。成長した、ということなのだろう。
ただ、目の前に在る謎に向かう熱意だけは変わっていなかった。

(だから探偵なんかやってるんだろうな、俺も。)

自嘲気味に、心の中で呟く。
程なく3日に一度は目にする見なれた―何故見飽きないのか自分でも不思議だが―黄色いテープをくぐって、
これまたすっかりお馴染みの警部が顔を出した。
今度の人事で警視になるとかいう噂を耳にしていたが、それを目の前の本人に聞こうかという気にもなれない。

「わざわざ自らのお出迎え、感謝します、目暮警部。」

「いやいや、構わんよ。来てもらっているのはこちらだからな。」

それとわざわざ来てもらっておいて悪いんだが、と警部はすまなそうに付けたした。

「署の方に緊急の用ができてしまってな。今から署に戻らねばならんのだ。
 もうすぐ応援がくるから、本当にすまんがもう少し待ってくれんか?」

裕に二回りは若い自分に心から詫びている。
いい加減もう長い付き合いになるが、
新一は目暮警部程にまで自分のような探偵に親身に接してくれる人間を、他にはまだ知らない。

「ええ。構いませんよ。ご苦労様です。」

その応援をまつ間に、警部から簡単な現場の説明をうける。程なく1台の自動車がやって来た。

「――そういえば、君はもう二十歳になったんだったな?」

「?ええ。3ヶ月ちょっと前に。」

目暮警部の前でドアが開く。交代に中から二人の刑事が顔を出した。

「なら、今度一杯奢らせてくれ。――では、工藤君。よろしく頼むよ。」

警部を乗せた自動車が遠ざかっていった。目の前には先ほど降り立った二人の刑事が立っている。

「お久しぶりです。佐藤警部、高木警部補。」

目暮警部が気を遣ってくれたのだろう。自分とも顔なじみの二人だった。

「久しぶり。目暮警部が私達を特に指名したって言うから、
 どういうことかと思ったけど・・・。こういうことだったわけね?」

佐藤警部――彼女はついこの前の人事で、警部になっていた。悪戯っぽく笑うその姿はあまり変わっていない。

「『私達』って佐藤さん、呼ばれたのは僕だけで佐藤さんはまだ事務の仕事が残ってたんじゃ・・・・・・」

こちらもお馴染み、高木警部補―彼もまた佐藤警部と共に昇進していた。
二人とも、かなり異例のスピード出世と言えるだろう。
そしてそれは、新一ともあながち無関係とはいえなかった。
というのも、新一と哀が元の姿に戻るために一騒動起こした際、
その事件を担当したのが、たまたまこの二人だったのだ。
結果、色んな物が出るわ出るわ、
その数たるや捜査一課所属の刑事全員を動員してもなお全てに決着を付けるには一月では足りなかった。
当然大手柄、と言うわけである。

「書類関係の仕事って苦手なのよねー・・・・・・。」

やはり警部ともなるとややこしい書類の類も増えるものなのだろうか。
まぁ確かに佐藤警部にそういった仕事が向いているとも思えなかった。

「いえ、そういうことじゃなくて。ほっぽりだした書類はどうするんです?」

あるいは幾分予想しているのだろう、不安そうに高木刑事がお伺いを立てる。
佐藤警部は笑顔と共にポン、と軽く木刑事の肩を叩くことで応えてやった。
木刑事の肩が―文字通りガックリと落ちるのをみて、新一は苦笑する。

「さあのんびりしてられないわよ、早速捜査に当たりましょう。工藤君、お願いできるかしら?」

「勿論です。そのために来たんですよ。」

テープを潜る二人の背に、木刑事の恨めしげにため息をつく音が聞こえてきた。
Episode1(2)
C.O.M.'s Novels