Episode1
―endless night 〜長い夜〜(4)―
「―――さて、工藤君。どこから調べる?」
恐らくそれは自分の好きに調べて構わない、という意味なのだろう。
佐藤警部が肩越しにこちらを見て――というよりは半ば見上げていたが、そう告げてくる。
「そうですね―――取り敢えず何が起こったのか、細かく説明して頂けませんか?」
ただ現場にきた、というだけでまだ何も聞いていない新一はそう願い出た。
もう警察の捜査は殆ど終った後なので新たに見つかるものなど何も無いはずなのだが、
習慣とでも言うべきだろうか、高木刑事があちらこちらを見て回っているようだった。
三年前よりは大分落ちついたように見える。まぁ元々力が無い刑事では無かったのだから、
やっと自信が着いてきてそれがプラスに働いているのだろう。
新一の眼から見ても落ち度の無い実に的確な現場検証と言えた。
「あ、まだ聞いてなかったの?えっと―――何処から説明すれば良いのかしら―――。」
言いながら、佐藤警部が手帳を取り出す。
それを顔の前で構えた左手の薬指に指輪が嵌っている事に、
新一は目ざとく――こう言う時は考え物だが――気付いた。
「あ、これ?」
新一の視線に気付いたのだろう、まぁ、良いじゃない。
と佐藤警部が軽く笑う。心なし目元が赤かったが。
多分――もとい、まず間違い無く、あちらの警部補からの贈り物だろう。
佐藤警部は咳払いして、話を続けた。
「で?何処から話せば言いの?」
「そうですね――始めから、出きる限り詳しくお願いします。」
OK、と佐藤警部が頷く。
「じゃあ、まず・・・ここで死んだのは、宗田 純一さん。総合商社の役員、とあるわ。年齢は48歳。
この歳で役員だったっていうんだから、優秀な人材だったみたいね。」
「“死んだ”、と言うのは?」
佐藤刑事の言葉を遮って、新一は訪ねた。
普通、殺人事件があったのなら死んだ人間は“被害者”と呼ばれる。
それがそうでないということは、理由は一つだ。
「ええ、そう言う事よ。自殺かもしれないって訳。今のところはどちらとも言えないけど。」
――――佐藤警部によると、遺体が発見されたのは今から5時間前、ここで――つまりは純一の家である。
発見したのは宗田 京子。純一の妻、ということだった。
「近々離婚する予定だったらしいけどね。」
佐藤警部がそう付け足す。
「この他にも、宗田 純一さんの身内が二人一緒だったらしいわ。
娘さんの伊織さんと、純一さんの弟、茂さん。」
発見した段階で、既にかなりの時間が経過していたらしい。
冷房がかかっていたため遺体が腐敗している、
という事は無かったが死亡推定時刻はかなり曖昧で、恐らくは三日前、もしくは四日前とのことだ。
「ちなみに、こういう事を言って良いのかはわから無いけど・・・・3人全員にアリバイがないわ。
おまけに3人揃って動機はあるみたい。」
「そういったことを考慮に入れるのは一番最後のことですよ。―――では、現場を拝見します。」
遺体があったのは、リビング中央に設置されたソファの上。
同じくリビングの真ん中にある人の腰ほどの高さのテーブルにもたれかかる形で息を引き取っていたらしい。
――――佐藤警部の説明が背後から続いている。死因は睡眠薬の多量摂取、ということだ。
確かに自殺か他殺か、判断は難しいだろうと思えた。
「後、遺書はこの家の何処からも発見されなかったわ。」
「なるほど・・・・・・・・ね。」
台所に移動する。木刑事がまだ検証を続けていた。隣に立ち、尋ねる。
「なにか不審な点はありましたか?」
「う〜ん、そうだなぁ・・・・・・・・。別にこれと言っておかしいところは無いみたいだけどね。」
言われて、台所の中を見渡す。流しには何も無い。
そのすぐ傍には食器乾燥機があり、ティーカップらしいものが一つ置かれていた。
ガスレンジはそれなりに使いこまれており、かなり汚れていた。
「純一さんはここで一人暮しを?」
同じく台所にやって来た佐藤警部に尋ねた。彼女はまた手帳を取り出して答える。
「―――半年ほど前からここで一人で暮らしていたようね。
新築だったこの家を、奥さんと別居するためにわざわざ買ったらしいわ。」
「そうですか――――」
今度は冷蔵庫を開ける。中身は一人暮しには少し多いのでは、
とも思われたがこれと言って変わったものは入っていない。
「かなりまめに買い物をする人だったらしいね。賞味期限が切れたものがまるで無い。
野菜も・・・・・まぁ流石にちょっと古くなってきてるけど、そうひどい事にはなっていない見たいだし。」
ひょい、と高木刑事が覗きこみ、感想を漏らす。
新一が抱いたのも、それとさして変わりない感想だったが――――。
「へぇ、サイフォンがあるわ。純一さんって、コーヒーが好きだったのかしらね?」
どうでも良いようなことを佐藤警部が言う。
確かに誰もが持っている、と言うわけではないが、そう珍しいわけでもない。
実際、新一の家にも哀が持ちこんだものが一つある。みると、サイフォンの上に少しホコリが積もっていた。
これもまぁ三日ないし四日あればこれくらいは積もるものなのだろうが。
新一が結論を導き出そうとした、その時。
「佐藤警部。もしかすると純一さんは誰かに睡眠薬を飲まされたんじゃないでしょうか?」
高木刑事がティーカップを眺めて、ぽつりと言う。
Episode1(5)
C.O.M.'s Novels