Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(1)―
―― 本当に大切な人に出会った時 人はそれを『奇跡』と言う ――
授業の終りを告げる鐘が鳴る。快斗はその音を江古田高校の屋上で聞いていた。
別に誰が注意して聞くわけでもない、なんの価値もない音。
だがそれがないとなればここで生きる者達には過ごし難い事には違いない。
例えば―――屋上で授業をサボっている際に何時教室に戻れば良いか分からない、とういうのもその例の一つだった。
(もう50分経ったのか―――。)
特に理由があってサボった訳ではない。
敢えて言うならば今終った6限の授業がたまたま嫌いな数学だった―――
と言っても嫌いなのは科目でなくその教師だが――ということぐらいだろうか。
だがそれが明確に理由足り得るか、と聞かれれば恐らく自分は首を傾げただろう。
つまりは―――どうでも良かった、ということだ。
そう結論を下した頃、見計らったかのように軽い足音がパタパタと近づいてきた。
「あ〜!やっぱり、こんなトコで授業サボって!」
聞き慣れた何かを非難するような甲高い声。
普段よりも12、3秒速かったかな、などと思いながら見下ろす――
自分は給水棟の上に寝転がっているので、屋上の入り口は自然と見下ろす形になる――
そこには予想通りの顔が精一杯怒った顔を作っていた。
「なんだ。青子か。」
実際、それは見慣れた光景ではあった。
快斗が授業をサボるというのはそう珍しい事ではないし、その時は大抵ここにいる。
それをたしなめに来る青子も自然とここに足を運ぶことが多くなっていた。
「『なんだ』はないでしょ?快斗、迎えに来なかったらいつまでもここにいるんだから―――。
ちょっとは迎えに来る青子のことも考えてよね?」
それもいつもの小言だ。はいはい、と答えて飛び降り、すっと手を出す。
何も持ってはいない。正真証明の素手なのは間違い無かった。
「え?何?」
青子の表情が途端にきょとん、とする。この変わり身の早さが、彼女らしいと言えばらしい。
「わざわざ迎えに来てくれたお嬢さんに――――。」
青子の肩を軽く叩く―――その瞬間。
快斗の手に鮮やかな真紅のバラの花束が現れた。感心した様子で青子が瞬きする。
「え・・・?もしかして青子にくれるの?」
嬉しそうに聞いてくる。―――勿論。答えて、花束を渡してやり、ついでにバラをピン、と指先で弾いた。
「ただしこちらを、ね。」
何がどう変ったのか、一瞬にして花束が鳩に変る。その数は10羽程だろうか。
そのまま飛び立っていく鳩を眺めて、青子が呟く。
「わあー・・・。相変わらず大したもんよね―――、って―――あれ?」
慌てて青子が周囲を見まわす。そこには――いつもの手品だろう――もう快斗の姿はなかった。
あわてて周囲をひたすら目で追う。
すると、良く見ると今まさに正門から下校しようとしているあの人影が快斗ではあるまいか、と思えた。
「もう――!ていうか第一、どうやってあんな所まで移動するのよ!?」
あまりに尤もな疑問の声をあげて、彼女は階段を駆け下り始める。
今日は快斗に頼まねばならないことがあるのだ。
「――――探偵?」
家に帰ろうとしていた快斗は、なんとか追いついてきた青子が発したその単語に少々驚きを覚えた。
父親が刑事だから、と言う訳でもないのだろうが青子はあまり探偵とかそういった職業の人間は
好んでいないと思っていたのだ。――自分が怪盗だから――と言うのは考えないことにした。
「うん。―――相談したい事があって。」
「へぇ〜。―――でもそれ、白馬じゃダメなのか?あいつも探偵だろ、一応。」
白馬なら、青子の頼みなら喜んですると思うのだが。
―――そもそも相談って一体何のことなんだよ、と尋ねる。興味があった訳ではない。
ただ、なんとなく聞いておかなければならない気がしただけだった。
「―――チッピーがいなくなったの。」
「・・・チッピーって・・・まさかあの窺わしい猫もどきのことか?」
チッピー、と言うのは1周間ほど前に怪我をして身動きできずにいたところを青子保護された猫――
のように思われる動物に青子が勝手に付けた名前だ。
「猫もどき」、と言うのは伊達でなく、どうも至る所で微妙に猫っぽく無い――
例えば体長が25cm、とかなり小さかったりもする。
それでも猫だと青子は主張していたが、多分違うのではないかと快斗は思っていた。
「何よ、『もどき』って。猫だって言ってるでしょ。快斗も見たじゃない、見た目なんか完全に猫よ。」
「いや、でもアレ――『わむぅ』って鳴くんだぞ?」
それって―――猫じゃねぇだろ、猫じゃ。
快斗としては核心を突いたつもりだったのだが、確かに鳴き声はちょっと変ってるけど―――
と青子に軽く流されてしまった。
(なるほどな―――。)
先ほど自分が考えた事に修正を加える。
恐らく青子は白馬にそのチッピー探しを頼んだに違いないが、断られたというところだろう。
いくら白馬でも迷い猫探しというのはあまりにプライドが拒んだのではなかろうか。
「それで?その探偵って何処の誰なんだ?」
尋ねる。青子は鞄から小さなメモを取り出し――どうやら自分でも覚えてはいないらしい――
友達から教えてもらったんだけど、と快斗も知っているクラスメートの名前を前置きして、読み上げる。
「えっと――、米花町2丁目21番地の工藤って人の家に行けって―――。」
「あぁ―――工藤 新一か。」
「あぁって、快斗知ってるの?」
おまえは名前も知らなかった探偵に依頼するつもりだったのか―――?口には出さず、心の中で快斗は苦笑した。
「知ってるも何も有名人だぜ?『東の名探偵』とか呼ばれてる腕利きの高校生探偵だ。ま、それでも―――」
――まともに勝負すりゃ、負けはしないけどな―――多分。と、これは快斗は言わずに置く。
「そっか。じゃあ安心だね。快斗もいてくれるし。」
「―――ちょっとまて」
その声に―――何処となく底知れぬ嫌な予感を覚えながら、快斗は聞き返した。
聞かずともその答えまで予想できる事に、諦めに似たため息が出そうになる。
「もしかして―――俺も行くのか?」
たかが猫探し――もとい、「猫もどき探し」に?勿論じゃない、と青子が明るく頷く。
こうなっては、いかに反論しようとも彼女には敵わないことぐらいのことは、快斗も知っている。
長い付き合いなのだ。
「――まあ、分かってはいたんだ――――。」
そうとしか、言い様がない。快斗は、やはりため息をついた。
それから10分ほど歩いただろうか。快斗と青子、二人はかなりくたびれた――
怪しい雰囲気すらかもしだしているようだが――
それなりに大きく、立派ではありそうな家の前で、立ち往生していた。
住所は間違えていないはずだ―――表札にも確かに工藤とある。
だが、目の前にあるこの屋敷には少なくとも人が住んでいるような様子は見うけられなかった。
「そう言えば―――」
工藤 新一って、死亡説があったような。快斗はそんな事を思い出していた。
近頃すっかり姿を見せなくなった名探偵を、何度かメディアが取り上げていたように思う。
この家の様子を見れば、確かにそう考えたくなるのも分かる気がした。
「あれ―――?おかしいなあ。呼び鈴鳴らしてるのに返事がないよ。ねぇ快斗、どうしよう?」
こちらは既に呼び鈴を鳴らしてしまったらしい、青子。無邪気にこちらを伺っている。
「――――おまえさ。」
(もうちょっとこの家見て、思い浮かぶ事ってないのかよ?)
深々と、また溜息。
「あ、見てみて快斗。門の鍵開いてるよ?」
「おい。」
まさか入る気じゃねえだろうな?―――が、言い終わる前に既に青子は敷地に入っていた。
「御免くださーい!!誰かいませんか――――?」
どうやら本人は大真面目らしいが、何か厄介ごとでも起こされればたまったものではない――
快斗は家の中に声をかける青子を引きとめた。
「おい、もう辞めとけよ。留守みたいだし――出直そうぜ――――」
快とがそう言ったのと。
「あなたたち――――何の用かしら―――?」
工藤邸のドアから顔を出した茶髪の女性がそう声をかけたのは。
確か同時だったように、快斗は記憶している。
Episode2(2)
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