Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(2)―
「事件の依頼?貴方達が?」
灰原 哀と名乗ったその少女は―――大人びてはいるが自分とそう歳は変らないだろう、
と快斗はあたりをつけた――多少不審に思ったようだったが、取り敢えず二人を中に通してくれた。
中に入って分かった事だが屋敷の中は外観ほど荒れてはおらず、むしろスッキリと整理されている。
(にしても、広いな―――。)
高さも6mは優にあるだろう、壁一面が本棚に埋まった部屋。
どうやら掃除中だったらしく、それらしい道具が幾つか目に付く。
「悪いけど―――工藤 新一は出払ってるわ。すぐ戻ってくると思うから、待っててもらえるかしら?」
リビングらしいところに二人を通し珈琲を淹れてから、少女はそれだけ言うと立ち去ってしまった。
随分愛想がないな――と思いながら、なんとなく彼女が去っていった方を見やる。
「―――綺麗な人だね。」
隣で完全に腰を落ちつけた青子が感じ入ったかのように呟く。
何故そこまで何の疑問も抱かずに落ちつけるのかは甚だ疑問ではあったが、その感想にだけは快斗も同感だ。
頷いて、聞く。
「そうだな。―――で、どうする?待つのか?」
うん、そうする―――。予想通りの答えを返して、青子が珈琲を啜(すす)る。
「あ。快斗、これすっごくおいしいよ?」
言われて、自分も口に運んでみる。―――確かに文句の付けようのない、見事なものであった。
―――しかし、今自分が置かれている状況――これは一体どう言う事なのだろうか。
―――外観は不気味な洋館――中は小奇麗な屋敷――そこに暮らしていると思われる美少女。
(なんか、わざとらしい組み合わせだな。)
どうも出来過ぎのように思えるが、案外世間と言うのはそう言うものなのかもしれない。
集まるべきところに人も物も集まるのだ。そんな事を考えながら、他愛のない会話で時間を潰す。
――すぐ戻ると彼女は言っていたが、それなりの時間を過ごした。
部屋に時計はなかったが、快斗の体内時計では20分程経ったように思える。
と―――玄関のドアが開く音を耳が捉えた。
ようやく工藤 新一が帰宅したのか―――、と思ったがそれにしては様子がおかしい事にも気付く。
何やら叫んでるような声が混じっていた。続いてかなり慌しく走る音。
リビングのドアが乱暴に開かれ、一人の少年が顔を出した。
「そやから、このねーちゃんがそこで倒れとったんや!!見過ごす訳にはいかんやろ!?」
後ろに向かって――そこには先ほどの少女がいた――かなりの声量で、
というより半ば怒鳴るように言うその顔に、快斗は見覚えがあった。
(コイツ、服部 平次―――?)
姿を見せた嘴のような尖がり付きの髪型に色黒、大阪弁の少年は『西の名探偵』、服部平次。
何故ここにいるのか快斗には見当も付かなかったが、何やら重大な事があったらしい事だけは分かった。
背中に小柄な女性を一人おぶっている。
「だからって、ここに運んでどうするのよ!ここには医療器具なんてないのよ?」
こちらもかなり大きな透き通った声で、少女が言い返す。
「んなことゆーたかて、俺はここらの病院の場所なんかしらんのや!」
また怒鳴って。なぁ、頼むわ―――。今度は一転変って懇願するように平次が言う。
しばし迷って―――哀はやれやれだわ、と答えた。
「分かったわよ。――――――彼女が倒れていた時の状況を出きる限り説明して。」
「スマンな――――。」
平次が頭を下げる。哀はいいから早くして、と平次の背の女性をソファに寝かせるよう指示した。
「それで、状況は?」
「―――そうやな―――俺が見つけた時にはもう倒れとったから、詳しくは分からん。
けど別にどっこも怪我してへんし、辺りにブレーキ跡とかもなかったから、
事故っちゅう訳や無さそうやったな。」
女性の脈を取りながら、哀が平次の説明に質問を加える。
「この人が倒れていた辺りに薬とか散らばってなかった?」
「薬、か?――――いや、無かったんちゃうか?はっきり覚えてへんけど。」
「じゃあ病気の発作って訳じゃ無さそうね・・・。
それなら薬くらい持ち歩いてるだろうし、何かあったら飲もうとするはずだもの。」
他に幾つか質問をした後、哀は手近にあったメモを一枚取り、細かい字でそれを埋め尽くしていく。
なお続けられている会話には相当に専門的な知識が含まれているようで、快斗たちには分からない。
やがて書き終えたメモをちぎり、哀がそれを平次に渡す。
「―――博士の家に行って、ここに書いたものを持ってきて。ここよりはマシな機材があるわ。」
平次が目を通し、頷く。
「分かった。ほんなら宜しゅう頼むで!!」
慌しく探偵が去っていく。快斗はソファに寝かされた女性を少し観察し――
それが女性、というよりは少女である事に気がついた。
背中に届く位の少し長めの―――染めているのか、
青みがかったプラチナ色の髪に、華奢な身体が包まれている、とでもいうような印象を受ける。
お世辞を抜きにしても「美人だ」と断言できるだろうその少女は、眠ったように動かないでいた。
「この状態―――ヤバイの?」
快斗が聞く。
「分からないわ―――さっき言った通り、病気の発作とかじゃないみたいだけど、
脈も弱いし熱も少しあるみたい・・・・・・・・・。悪いんだけど、あなた達も手伝ってくれないかしら?」
「勿論。喜んで。」
哀のその頼みに、快斗はウインクで答えた。
それから三十分程、快斗は氷を作ったり運んだり見たこともない複雑そうな機器を運んだり、
青子はやはり見たこともない薬を哀が言うままに渡したり。
「―――もう大丈夫ね。脈拍も安定したわ。」
そう哀が告げるまで訳が分からないまま忙しく動き回っていた。
快斗は学ランを脱いでカッターを腕まくりしているし、青子も一番上に来ていたジャケットを脱いでいた。
かなり汗を掻いているのが自分でも分かり、せわしなく動いたことを物語っている。
「すまんなぁ、ねーちゃん。」
同じく額に汗を浮かべた――恐らく彼が一番働いていただろう――平次が哀に礼を述べる。
「そやけどこのねーちゃん、一体どないしたんや?やっぱり怪我しとるようには見えへんし―――。」
「多分、かなり重度の貧血だったんじゃないかしら―――。詳しい事は言えないけどね。」
二人はそう言いあって―――改めて快斗と青子の方に向き直った。
「いやホンマに助かったわ―――。俺は服部平次。探偵や。あんたら、工藤の知り合いかなんかか?」
人懐っこそうな笑顔で平次が名乗る。
快斗が知っている探偵の顔とはまるで別人物のように子供っぽい仕草だった。
思わず快斗も笑みをこぼし、答える。
「あ、いや。その工藤新一に依頼に来たんだけど―――留守だった。」
右手を差し出し、平次とがっちりと握手を交す。
「俺は黒羽快斗。―――こっちは中森青子。『西の名探偵』の名前は知ってるよ。」
―――よろしくな。
そう言って、笑いあったのが三年前。
快斗が平次と哀と、そして白木真由美に会ったのは、この時が始めてだった。
それは―――終りの始まり。
何時までも、変らない景色などない。今もまた彼女が一筋の鮮血を宙に舞わせ、倒れていく。
今までに何度も、何度も繰り返されてきた、瞳に焼きついたまま離れぬ最後の一瞬。
―――これは夢だ。彼女の名前を消えゆく意識の中、声にならない声で叫んで。
―――快斗は夢から覚めた。
Episode2(3)
C.O.M.'s Novels