Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(11)―

快斗達が『ルビー&サファイア』に入ったのは約束の時間の五分ほど前。
ドアを開けると、平次と和葉が奥の席に座っているのが見えた。
一応店の中をざっと見回すが、先に来ていたのはその二人だけのようだ。
香澄を促し、そちらへ向かう。と、こちらに気付いた平次が、軽く手をあげた。
当然、平次は香澄と面識がある。

「よう!先に来とったで。もうちょい苦労するかと思たけど案外すぐ分かったわ。」

「―――あれ?平次兄ちゃんじゃない。どうしたのこんな所で。」

快斗の隣で香澄が不思議そうな声をあげた。

「ん?―――ま、えーやないか。久しぶりにおまえに会いと―てこっちはわざわざ来たったんや。」

「へぇ―――そういえば確かに久しぶりだよね。1年ぶりくらいかな?」

元々香澄にしてもいちいち細かい事を気にするタイプではない。
そういった意味では平次と彼女は良く気があうのだった。

「?平次兄ちゃん、その人誰―――?」

一方で和葉は、どちらかというと案外そういった事を気にする。
何やら色々と平次に聞いたのだろうか、かなり緊張していた。

「あ、ウチは―――その――」

「おう。そういうたら初めてやったな。コイツは遠山 和葉。
 ―――俺の幼なじみや。ま、適当に相手したってくれ。」

言って、平次が和葉の頭をポンポン叩く。

「て、適当にしたってくれて―――なんなんその言い方!?」

「ふ〜ん――――――幼なじみ、ね。」

意味ありげな表情を香澄が浮かべた―――面白がるように。
ま、そういうコトでも良いけどね、とか何とか呟くのが聞こえる。

「なんや―――気色悪い笑い方しよってからに―――。」

「さあね〜。あ!哀さん!!」

香澄が入り口の方を向いて、声をあげる―――丁度店に入った所だった哀が、こちらに気付いた。
こちらに―――恐らくは香澄に向かって―――笑いかけてくる。こんな彼女は珍しい。
服装も普段よりは幾分気を遣っているようだ。

(せめて普段からこれくらいすれば良いのにねえ――――――。)

心の中で快斗が呟く。傍らを見やり、平次と和葉、二人と交互に視線で会話を交す。
うんうん、と3人は頷きあった。哀ほどの美人がこうも自分を飾らないのはやはり

(もったいない)

のである。

「久しぶり〜!会いたかったよ〜!!」

そんな事はお構い無しで、香澄が飛びつく。

「ええ・・・久しぶりね。」

よろめきながらも何とか香澄を受けとめ、哀が微笑み返した。
纏わりつく香澄を何とか引き剥がし、メンバーを見渡す。

「あら?工藤君は?」

言われて、香澄も気がついたらしい。快斗に視線を向け、尋ねる。

「そう言えば―――ねぇ、新一兄ちゃんは?」

「―――さぁ―――時間に遅れるようなタイプじゃないんだけどね。最後に見かけたのが朝のことだから。
 何処かに出かけるみたいだったけど、何処に行くかまでは聞いてない。」

「まぁ、あいつの事やからその内来るやろ。先に注文頼んでしもた方がええんやないか?」

確かに、店には行ったっきりで何も注文せずに人を待つ、というのは多少憚られた。
しかもこの人数で、今は昼時。回転の悪い客というのがありがたく思われる状況ではない。

「じゃあ、そうしましょうか―――。」

こういう時は、哀の発言があると良く場がまとまる。賛成、と手を挙げる和葉と香澄をみやって。

「ま、いいか――――――。」

快斗も軽く頷いた。


後悔先に立たず。それぐらいの言葉は快斗だって知っている。
多分覚えたのは十年ぐらいは前の事だろうし、何度かは使って見た事もあっただろう。
―――実に物事を良く表した言葉だとは思う。
先人の知恵という物の偉大さが身に染みて分かるというものだ。
だが――――――そんな事を考える暇があったのなら、
どうせなら後悔しないですむ方法を考えておいてくれても良さそうな物ではないか?

「――――――とはいってもなぁ。」

そんな事を後悔してから考えて見たところで、それこそ無駄というものだ。徒に、溜息の数だけが多くなる。
今目の前にあるのは、次のターゲット―――明日から杯戸美術館に展示される『月の涙』、
とか何とか呼ばれている国宝級のダイヤモンドの資料だ。
最近のターゲットは特に『月』というキーワードに絞って決める事にしていた。
恐らくはそのほうが『パンドラ』に早く近づく事が出来るだろう、という読みなのだが―――

「あ〜くそっ!集中できねえ!!」

何度繰り返して読んでも内容がまるで頭に入って来ないのだ。
快斗は資料を床に――――――屋上の床に叩きつけた。
明日から夏休みでもあるし、この『月の涙』を手に入れるには絶好の機会なのだが、何故か集中できなかった。

(やっぱ―――言うべきじゃなかったよな。)

頭に引っかかっているのはやはり―――と言うべきか、真由美の事だった。
勢いに任せて『もう来ない。』などと、言ったまでは良かったのだが、
いざ『もう行けない。』となると気になって仕方がない。
果たして彼女は何を考え、何を望んで―――何を恐れているのか。肝心な所は分からずじまいだった。

「――――――くそっ!!」

吐き捨てた快斗の耳に、いつもの声が―――いつもとは少し違ったようだが―――聞こえてきた。

「快斗〜!?終業式始まっちゃうわよ〜?」

夏の陽射しがもう眩しい。快斗はああ、と気の無い返事だけを返した―――動かないまま。
Episode2(12)
C.O.M.'s Novels