Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(16)―


「………まさか、こないなトコで会うとはなぁ。考えもせんかったわ。」
「あら――――――そのセリフ、そっくり貴方に返してあげるわ。」

予想外の鉢合わせに軽く固まった平次に、哀はそう言って笑いかけた。
客一人では広すぎるリビングで慣れた様子で
紅茶を口に運んでいる彼女に、改めて言葉がでない。

「えっと――――――お知り合い、でしたよね?」

戸惑うように隣で真由美が首を傾げる。

「いや。そうにはそうなんやけど―――――。」

と言葉を濁らせた平次に代わり、
新一が―――とっくに本来の姿に戻ったというのに、
何故か彼は幼児化していた時と同じように
首根っこを捕まえられていた―――適当に誤魔化す。
納得したわけでは無さそうだったが、数が増えた客人の紅茶を用意する為だろう。
真由美は「ちょっと待っててください」、とリビングから姿を消した。

「まさかあんたが他人の家で茶ぁ飲んどるとは知らんかったわ。」

ソファに腰を下ろしながら平次が呟く。

「別に特に親しいとか、そういう訳じゃあないわ―――――
 彼女のその後の容態が気になって、ね。ここに来るのは今日で3度目かしら――――?」

平次が彼女を工藤邸に運び込んだのも、もう2週間ほど前になる。
その時に診た患者の事を気にかけてその家を訪れているというのは
哀らしい心遣いだと平次は思った。距離を置くけれど、優しい。
そんな事を言えば彼女はどうでも良さそうに笑うのだろうが。

「それで、貴方は?――――――工藤君も。」

「ん――――――まぁ、一遍会ったっきりやったからな。
その後どうなったんかちょお気になったんや。」

「俺は、コイツに無理矢理連れてこられただけ。
 一人じゃここらの地理がわからねぇっつーから仕方なく。」

だいたいなんで平日に東都まで来てんだよ。俺もそうだけどオメーだって学校あるだろ。

―――――。

愚痴を漏らす新一に、『まぁええやん』と平次は気楽に受け流した。
一度会ったきりの相手のその後を心配して大阪からわざわざやって来る平次と、
それに付き合って文句を言いながらも案内をする新一。

そんな優しさが素直に欲しいと哀は思う。

探偵として人の心の闇に触れながらも決して失われない純粋さ―――
あるいは、闇に触れる事でそれは研ぎ澄まされていくのかもしれないが―――

闇そのものであった哀には、まだ遠いものだ。

「――――まぁいい。それより灰原。真由美さんの体調は順調に回復してるのか?」

「そうね―――――少なくとも、もうあんな風に倒れる事は無いと思うわ。」

何気なく、哀が答える。その姿に、ふと平次は疑問を持った。

「なぁ――――――。」

思ったままを、口にする――――それが賢いか否かはこの際問題ではない。
ただ、確認する。その程度の行為に深い意味など無い。

「姉ちゃん―――あんた、専門は医学なんか?」

平次が記憶する限りでは、灰原哀は化学者だったはずだった。
もちろん平次や新一にも基礎的な医学知識はあるのだが、それは探偵として必要な分だけ。
勿論の事偏りが激しいのは否めなかった。
彼らでは哀がやって見せたような処置は不可能なのだ。

「専門、と言うなら化学かしらね――――。薬学と医学も組織で多少齧ったけど。」

「ほんなら――――――」

「それとね。」

平次が言葉にする前に、哀は続けた。

「―――――もしかしたら必要になるかもしれない、ってものは片端から詰込んだのよ。
 つまり私の医学知識は、素人がただ暗記しただけ―――ってことになるのかしら。」

もしかしたら必要になるかもしれない――――
それだけで、彼女は医者並の知識を詰込むのだ―――――そう平次は思った。
ただ、『もしかしたら』という僅かな可能性にかけて。

――――もしかしたら。工藤新一を元の身体に――――ただ、それだけのために。

(報われへんのやろ―――?きっと、どれだけ想っても―――。)

心の中で、そっと呟く。本人も自覚していないかもしれない、工藤新一への想い。
けれどそれは、探偵として純化されてしまった新一には決して見えなくて、辛い。
それでも。そうする事が、彼女にとっての救いだから。
悲しくて、悲しくて。平次は泣きそうになった。

Episode2(17)
C.O.M.'s Novels