Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(17)―


「今度は、何処から入ってきたの?」

「――――――そこの廊下の窓、かな。君が歩いてるのが見えたから。」

キッチンで紅茶を用意しながら、真由美は背中越しに快斗に声をかけた。

「――――――怒らないの?この前は随分怒ってた。」

「そうね―――今回は女性の寝室に忍び込んだわけじゃ無いし、
 まあ良いわ―――――貴方も飲む?紅茶だけど。」

「是非。」

真由美が棚からもう一つティーカップを取りだし、お湯を注いで暖め始めた。

「あの3人は、しょっちゅうここに来るの?」

こちらを向かない背中に、快斗が聞く。

「そうね―――工藤さんと服部さんは初めてかしら?
 灰原さんは―――3回目くらいかしらね。どちらにせよ、貴方ほど頻繁には来てないわ。」

「頻繁に来ると迷惑?」

「そうでもないわ――――――もうすぐ死ぬ事を思えば、なんだって楽しいものよ。」

「おい――――――。」

悪い冗談だ―――――しかも彼女本人は冗談だと思っていないから、余計にタチが悪い。
快斗が顔をしかめるのに合わせて、真由美が呟く。

「やっぱり、信じてないのね。」

「そうだね―――――正直、リアリティが乏しすぎると思う。」

―――誰だって、そう思うと思うだろう?付け加えた言葉に、真由美は微笑みで答えた。

「その内に分かるわよ――――――私が死んだらね。」

「――――――――――」

「―――ごめんなさい。悪い冗談だったわ。」

淹れ終った紅茶が、真由美から快斗に手渡される。
一口飲んでみるが、ちょっと暑くて飲みづらい―――快斗は多少猫舌だ。

「冗談でも言うもんじゃないね―――――そんな事は。」

「そんなに言うなら――――――本当の事を言いましょうか?」

真由美の微笑みに、僅かに冷たさが加わる。

「これは、冗談なんかじゃないのよ―――――――信じるかどうかは貴方の勝手だけれど。
 私は、もうじき死ぬ。リアリティの問題じゃないわ。
 問題は、何が真実であるか―――そうでしょう?」

「言いたい事は分かる―――――。」

快斗にしても、頭から彼女の言葉を信じない訳ではない―――
信じたくないのが本音だった。

「でも――――――それにしたって言う事じゃないよ。自分が死ぬ、なんて。」

「――――――弱い人ね、貴方は。」

「自分が強いなんて思った事は一度もない。強い人間なんていないからだ。」

「そうやって、いつまで目を逸らすの?」

ようやく、彼女の瞳が自分を見つめる。綺麗だと思う。儚いと思う。
そして、愛しいと思う。そこまでを一度に考えて、その目を見つめられずに目を逸らす。

「私は、自分の死を見つめている―――――なのに貴方は、他人の死さえ見つめられない。」

快斗の横を、彼女はすり抜けていった。

「行きましょう。皆が待ってるわ。」

その背中が、リビングの扉の向こうに消えるまで。

動けなかった。

Episode2(18)
C.O.M.'s Novels