Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(4)―
(――――ゴチャゴチャ飾る趣味がないってのは、案外損な性分なのかもな。)
新一は工藤邸から徒歩20分程に位置した、
3年ほど前に購入した自宅―――工藤邸は一人で暮らすにはあまりに広い、
というのがその理由だった――その玄関のドアを開け、溜息をついた。
最近やたらと溜息が多いような気もするが、最近の状況が状況だけに仕方の無いところではある。
7階建てのマンションの、最上階の一室。家主の好みによるものなのか、これ以上無いほどに殺風景な部屋だった。
家具が殆ど無いこの部屋が、暗い気分を慰めてくれるはずもない。
取り敢えずパソコンの前に座り、依頼が無いかどうか、メールをチェックしていく―――
生憎今日は1通のメールも無かった。
「さて。どうすっかな・・・・・・。」
呟いてから、部屋には自分一人しかいないことに気付く。
一人暮しだと独り言が多くなるとかいう話を聞いた事があったが、
どうやら本当の事なのかもしれない――何せ相手がいないのだから。
(やることっつうと、一つしかねえか――――。)
椅子に座ったまま、伸びをする。椅子がギシギシと音をたてた。
今やらなければならないこと―――それは、分かりすぎる程に分かっていた。
蘭と話す事だ。それももし出来ることなら自分が江戸川 コナンだった時から今この瞬間まで、全部。
(出来るわけねえか――――。)
また、溜息。
(まだ俺や灰原の安全が保証された訳じゃねえんだ。以前に比べりゃ随分マシだが、
それでも俺と―――特に俺と江戸川 コナンの両方に関わった人間にそれを知らせるのはまずい・・・・・・。)
そんな事が出来たのなら、いくらだって話してやれる。だがそう考えた頭の中で、もう一つの思いがよぎる。
(本当に―――話してやれるのか?)
いつか――――いつの日か?このままでは、そんな『いつか』など一生訪れはしない。心の中では理解していた。
(そう―――結局、俺は怖がってるだけだ。)
ありもしない脅威に怯えている振りをして真実を話す事を躊躇っている、それが自分だ。全てを伝える事を恐れていた。
彼女と―――蘭と離れていたその時間が築いた二人の距離、それを知ることを恐れていた。
もう離れた時とは違う二人なのかもしれない、それが怖かった。
(俺は―――――)
離れた時間を取り戻す事さえ出来ずに。
偽りの時が続く事を望んでいる。
『帰ってくる』と、彼女に約束したのに。
――――俺は、卑怯者だ。―――
―――不意に、部屋のインターホンが鳴り――どうやら眠ってしまったらしい――不審に思い、目を覚ます。
このマンションに自分がすんでいる事を知っているのは自分を除けば哀と阿笠博士と、後は平次に快斗位のものだ。
だが平次と快斗がこの部屋に来た事はないし、哀と博士には鍵を渡してある。
新聞の勧誘か何かだろうか、と見当をつけて玄関の扉を開けと、新一は少なからず驚いた。声が上ずる。
「―――毛利探偵―――――?」
「おう―――久しぶりだな、探偵ボウズ。」
咥えタバコに、相変わらずのチョビヒゲ。三年前は見上げていたその身長も、今ではそう違わない。
とはいえどちらかと言えば大柄な小五郎と多少小柄な新一とでは頭半分か、もう少し差があった。
「どうしてここが?」
「―――――おまえを尾けてきた。らしくねえな。注意が散漫だったぞ。」
かっての迷探偵も、変れば変るものらしい。今でも以前と同じように新聞に顔を出す『眠りの小五郎』。
一体何があったのか、今の彼は江戸川 コナンが去った今も、破竹の活躍を続けていた。
言われて見れば、いかにも探偵らしい雰囲気を纏っているように思えた。
「―――そうですか。まぁ立ち話もなんですから―――」
「いや、別に良い。そんな長い話じゃない。」
そう言って向かえようとした新一を、小五郎は制した。
「大したことじゃないんだがな―――おまえ、最近蘭に会わなかったか?」
「―――ええ。会いましたけど。」
「そうか。」
小五郎が頭を掻く。蘭の事かと思うと、新一は気が滅入った。が、聞かないわけにもいかない。
「今更言うまでもないかもしれんが―――蘭の事、しっかり頼むぞ。」
「――――え?」
「え、じゃねえよ。何かあったんだろうが?―――全く、あそこまで落ちこまれると仕事になりゃしねえ。」
名探偵が、苦笑する。多少はにかんでいるようにも見えた。
「分かるだろ?―――アイツがあんなだと、英理の奴に合わす顔がなくてな。
―――この天下の『眠りの小五郎』が、だ。」
「――――すいません。」
「おう。しっかり頼むぜ。――――ああ、そうそう。」
それだけ言って、帰ろうとした足を、小五郎は止め、振りかえった。打って変わって、真剣な表情で。
「三年前ぐらいまでか―――俺が事件に出くわすと、必ず現場をうろついてるガキがいてな。
まあ色々と手を焼いたもんだが、中々勘の良いガキで、なんだかんだで事件の事が良く分かってた。」
「―――コナン君の事ですね。」
「そう、おまえにそっくりなあのガキだ。――――今、何処にいるか知ってるか?」
ここに。あなたの目の前に、とは言えなかった。そして、多分この探偵は知っていたのだ、とも思った。
あるいは一番始めから、全部。
「いえ。―――海外の両親の所に帰ってからは、連絡もありません。」
「そうか―――。一度会いたいもんだな。―――ああ、悪い。邪魔したな。後、たまには事務所にも顔を出せ。」
それだけ言い残すと、小五郎は去っていった。新一も知らない毛利小五郎。
彼の中では、この三年間が流れていたに違いない。
(凍った時の中にいた―――俺とは違って。)
閉めた扉に、背を預ける。涙が溢れた。訳もなく泣きたくなったのは、初めてだった。
Episode2(5)
C.O.M.'s Novels