Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(5)―

ソファで寝ている間は分からなかったが、以外と背が高い。
青子も決して低くはないが、それより頭半分くらいはありそうだった。
細身な上に長身―――いかにも華奢、と言った感じだ。
先ほどは広がっていた青いプラチナ色の髪は、真っ直ぐに背中を流れている。
日本人らしからぬ、少し青みがかった瞳―――だがその整った顔つきは、東洋系のそれだった――
多少違和感を覚えないでもない。膝に猫(もどき)。小柄なそれは、細身の彼女に良く懐いていた。

「―――それで、名前は?」

まだ意識がハッキリしていないのか、彼女の目は少し虚ろだった。少し間を置き、その彼女が答える。

「白木。―――白木 真由美です。あの、私―――どうしたんですか?」

「この近所で倒れてたらしい。服部―――あ、コイツだけど。
 コイツが君をここまで運んだ。俺は工藤 新一。あ、そうそう。ここは俺の家だよ。」

「―――――どうもありがとうございます。」

説明した新一と、平次に―――ぺこり、と彼女、真由美が頭を下げる。平次が笑って答えた。

「かまへんかまへん。困った時はお互い様や。」

礼を言われて照れくさかったのだろう、平次が頭を掻いた。

「それに、あんたを看てくれたんは俺やのーてこっちのねーちゃんやしな。」

「灰原 哀です。―――よろしく。」

哀も真由美に頭を下げた。普段ならこういう時の哀の仕草は愛想がないのだが、珍しく笑っている。

「ごめんなさい、ご迷惑をおかけして―――。」

「あなたが無事で何よりよ。―――もう身体に違和感はないかしら?
 少しくらいなら診てあげられるけど。」

「ええ――――――大丈夫です。」

微笑んで、真由美が答える。―――美人なのは間違いない。
けれど何処か、何かが違うような―――それが何かはわからないが、快斗は首をひねった。

(まるで、この場にいないような――――)

透明感がある、というのだろうか?妙に彼女の存在そのものが浮いて見えた。
不思議に思い、何気なく彼女から目が離せなかったその時、不意に真由美がこちらを向く。目が合った。

「―――あなた達は?」

また微笑んで、真由美が聞く。確かに彼女は、存在している。

「?あ、あぁ、快斗。黒羽 快斗。」

「私は中森 青子。よろしくね、真由美ちゃん。」

だが―――何処か希薄な―――透き通った存在。それに気がついたのは快斗だけだろう。

(そうか、これは―――)

それは怪盗だけが知っている、儚い輝き。
この世の何よりも美しく、そして何よりも脆い、一瞬の光。
永久の命を約された神の宝玉が、崩れ去る今わの際に残す残光。
――――それは、怪盗だけが知っている。

(白木 真由美。――――君は―――なんなんだ?)

思わず、息を呑む。
戸惑いと、今まで知らなかった感情が、快斗の胸を焦がす。そして、それは今思えば。
――――魅せられていたのだ。儚く消えゆく命の、その最後の輝きに。

(――――君の瞳は―――それは宝石なのか?)

蒼い瞳が、快斗の視線に気付いたのか、また少し笑った。


毛利探偵事務所の電話番号なら、随分前に短縮ダイアルにいれてある。
そのボタンを押すか否か――――かれこれ30分位は悩んだだろうか。

「・・・・・・いざ電話するとなると、ここまで躊躇うってのは――――」

度胸がないらしい。新一は既に10回は到達したであろうその結論に、
それまでと全く同じ思考をたどって到達した。

(いっそ、こっちにするか―――――?)

今度は自分の携帯を取り出す。その中にある蘭の電話番号は、自分が送った携帯のものだ。

(―――つっても、流石にもう持ってねえよな。)

三年以上前に送った二人だけの電話――――とうに捨ててしまっただろう。
またまた溜息。気分は晴れなかった。

「―――――――もう、いいか。」

どうせ気分は晴れないのだ。電話しても、しなくても。
自分が彼女に何も説明してやれないという状況はやはり当分は動きそうにない。
ならば電話してなにがあるというのか――――

「悩んでも、無駄ってことだよな。」

決心は一瞬。ボタンを押した指先が微かに震えた。―――繋がらないほうが、いいのかもしれない。
 ―――そんな新一の心を裏切るかのように、呼出音はすぐに途切れた。
聞こえたのは。―――懐かしい、君の声。


「へぇ〜、じゃあホントの名前は『わむ太』なんだぁ―――。」

その『わむ太』の手(前足)を握り、何処となく握手っぽい雰囲気でぶんぶん振りながら。
青子が感心したような声をあげた。

「『わむ太』かぁ―――なんか『わん太』って呼んじゃいそうだけど、それだと犬よね〜。」

分かるような分からないような―――そんな感じで真由美が少々困惑気味に笑っている。
その様子を台所から見守っているのは、快斗と哀だった。新一と平次はソファに座ったままだ。
どうやら最近起こった事件の話――というか内容を検討しているのだろう。
この二人がそろっている時は、未解決の事件など殆ど話題に出ない―――
その現場に入り浸ってしまうからだ。

「―――――ドクターは、気付いた?」

「何に?」

そう答えた哀の様子はなんとなく思うところがありそうだったが、彼女はそれを言葉にしない。

「彼女。なんていうか――――不思議なカンジがしないか?」

―――宝石のように見える―――などと言って誤解でもされればたまったものではない。

「そうかしら?私はそうは思わないけど。」

少し――何にかは分からないが――安心したような表情で、彼女は首を傾げた。

「そうかなぁ―――」

―――思えば、聞くべき人物を間違えたのかもしれない。
今目の前にいるこの哀も、ごく一般的な基準から言ってしまえば
かなり規格外のところにいるのだ――――などと自分が言えた事ではないが、
今日が初対面のはずの快斗にもそれが分かった。

「確かに綺麗な女性だとは思うけど。あなたもそういう所に目が行くのかしら?」

「う〜ん、まあ―――多少は―――ね。」

「あら。少し意外な発言ね。」

―――多少、とは思ってなかったわ―――。哀が珍しく悪戯っぽく笑う。

「キツイね、ドクターは。」

「――――これでも優しく言ってるんだけど?」

「是非聞いてみたいね。本気のドクターの嫌味ってやつ。」

「その内にね。楽しみにしとくと良いわ。」

お互いに、微笑を返しあう。

「さて、じゃあ夕飯でも作りましょうか。―――あなた達も食べていく?もしそうなら作るけど。」

「いいの?そうだな―――」

青子の方を振りかえる。彼女は未だに一方的にわむ太と遊んでいるし、
真由美との話も―――多分に一方通行のようではあるが――進んでいるようだった。
恐らくは今から帰ると言っても納得しないだろう。

「じゃあ、お願いしようかな。―――何か手伝う事ってある?」

「ない、とは言わないけど―――私、凝り性だから。もし手伝うのなら覚悟しといた方が良いわよ。」

「心外だね。これでも料理には自信があるのに。」

快斗はウインクした。が、もう既に哀はこちらを向いてはいなかった。
Episode2(6)
C.O.M.'s Novels