Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(6)―

朝とはいえ、夏の日差しは眩しい。これから日が昇れば、ますます強くなるだろう。
いつものように和葉をバイクの後ろに乗せて、平次はぼんやりとそう思った。
―――今から自分が行こうとしている場所。そこに和葉を連れて行く事に抵抗がないと言えば嘘になる。

(それでも―――決めたもんはしゃーないわな。)

そう、自分は決めたのだ。背中にいる彼女に、全てを話すと。
そしてそれならば彼女を連れて行く事は避けられない。

「なあ、平次。何処いくん?」

何度目かの和葉の問い。2,3回前から返事もしなくなっていた。
バイクのエンジン音で聞こえにくい、と言うのも勿論だが、あまり話したくない心境なのも確かだ。
米花町の中心から、郊外に向けて20分程バイクを走らせた所に位置する、一つの教会。
その前で、バイクを止める。

「和葉、こっから歩くぞ。坂登るけど、10分くらいやから勘弁してくれ。」

それだけ言って、先に歩き出す。言うまでもなく和葉は不満そうだった。
が、どうしようもないのも分かっているのだろう。ぶつぶつ言いながらではあったが、後ろを付いてくる。
自分はこれから、彼女に何を説明すればいいのだろうか―――。
正しく全てを伝える自信がなかった。目的の場所につくまで―――それまでに考えをまとめよう。
だが、そんなことを考えている時に限って目的地は近くなる。

「平次―――ここ―――お墓ちゃうん?」

「ああ―――そうやな。」

気がつけば、既に平次は丘を登り切っていた。遠くに水平線を見渡し、風が舞い木々が踊る。
生命に満ち溢れた―――死の気配が薄れた、ここ。

「こっちや。」

今も覚えている。―――正確には、自分で直接に見たわけではない。
だが、平次にははっきりと―――それこそ昨日の事のように、彼女の姿を思い浮かべる事が出来る。
瞳を閉じた彼女。二度と目覚める事のない彼女は、死してなお美しかった。
立ち止まる。さながら記念碑のような、その墓標。

「―――『白木 真由美』―――さん?」

和葉が呟き、こちらを見た。訳が分からない、というように。

「何処から話したら、ええんやろうな――――――」

そう。彼女を殺したのは―――――自分だ。この手にかけたわけではない。
それでも、彼女の叫びに気付くことすら出来なかった自分は。
罪を背負っている。きっと。――――重く。重く。
風が吹き抜けた。揺れた和葉の髪に、平次は何かを見た。少なくとも、そんな気がした。


その夜のメニューは、哀の特製だというパスタがメインだった。
スープと具とパスタを別々に作り、最後に合わせて炒めるというなかなか凝ったもので、味は勿論絶品だ。
一同、賞賛の声をあげた後、しばし話す事も忘れて舌鼓をうった。

「これやからついつい来てまうねんなぁ―――。」

などと平次が漏らしたのも分からなくはない。
快斗も機会があれば是非ともまた呼ばれたいと正直に思ったものである。
つけ合わせはシーフードサラダと冷製のパンプキンスープで、やはり申し分ない。

「ねえ、真由美さんって何処に住んでるの?」

わりと小食な青子がいち早く食べ終え、真由美に聞く。
真由美もそんなに食べるとは思えないのだが、随分とゆっくりしていて、まだ半分ほども手がついていない。

「ここから歩いて10分ぐらいなんだけど――――」

真由美がここからそう遠くない住宅街の町名をあげる。
ここいらもそうなのだが、高級住宅街としてかなり名の通った場所だ。

「へぇ〜、近いんだ。じゃあ、今日一緒に帰ろうよ。青子達が送ってってあげる。」

「いえ、そんな―――」

「だめよ、体調良くないんだから。―――ね、快斗?」

「ん?あぁ、まぁそうだけど―――。」

「じゃ、決まりね!」

真由美と知り合えたのがそんなに嬉しいのか、今日の青子は圧倒的だ。
快斗も真由美も、苦笑して頷くしかない。

(ま、俺としても――――)

白木 真由美のことが気にかからない、と言えば嘘であった。
彼女は先ほどからごく普通にここにいる皆と話し、時に笑って見せているが、やはり快斗にはそれがどこか、

(納得しきれない―――)

そんな雰囲気をたたえているのだった。
あるいは新一や平次も探偵の目とかいうやつでそれを感じ取っていたのかもしれないが、
快斗と同じでそれを口にしようとはしていない。
いや、二人は確かにそれを感じてはいたのだが、
そこはやはり探偵として様々な人間に向き合ってきた二人である。

(こんな人もいるんだろう。)

それを別段不思議とも思っていなかった。

「時に聞くんやけど――――真由美さん?あんた普段何してる人なんや?学生?」

「大学生です。―――今は休学中ですけど。」

「ほんなら歳は?」

「19です。」

若い―――というよりどこか幼い顔をしている真由美だが、この場では一番年上らしい。
聞いた平次が少し意外そうな顔をして見せる。
食事を終えてからも哀が淹れてくれた珈琲を飲みながら話し続けたせいだろう、
何時の間にか随分時を過ごしてしまい、快斗と青子が真由美を連れて家を出たときには、既に十時を回っていた。

「あ〜、楽しかった!!」

青子が歩きながら伸びをする。いつのまに慣れてしまったのか、頭にわむ太を乗せていた。
青子の頭と、猫の頭。ついでにさらにその上から月がかぶさり、それとなく絵の構図のように見えなくも無い。

「――――あの、真由美さん?」

「はい。」

前を歩く青子に聞こえないように、遠慮気味に快斗が声をかける。

「聞くべきじゃないのかも知れません。でも――――あなたは、何なんですか?」

その言葉を発した瞬間。隣を歩む彼女が笑みを隠す。

「――――――――私が、何か。ですか?」

(――――変った。いや――――戻ったんだ。)

白木 真由美が纏っていた空気と、その表情と瞳の色が。
ようやくその違和感を除き、一つになる。恐らくはそれが彼女の本来の顔なのだろう。

「そうね。―――あなたが、気付いてることは分かってた。」

それは、冷たい刃のような声。全てを拒絶する響きがそこにはあった。透明な氷の刃が、快斗をさす。

「私に関わらないで。」

「―――――――――随分だね。」

快斗の言葉にはそれとは逆に、熱を帯びていた。
怪盗として、どこまで己を研ぎ澄まそうとも決して隠れないものだった。

「後悔するだけだもの。何もかも。」

「君って悲観主義者?」

「どうかしら?違うかもしれない。私にわかる事なんてないもの。」

こちらを見上げ―――それは薄氷のような危うさを秘めた―――美しい笑顔を見せた。
冷笑、と言って良かっただろう。お互いに、相手の顔を見ないままに、会話が続く。
快斗は空を見上げた。目に止まった星はひとつふたつ。

「あなたは分からない?この世界に、望み通りになる事など、一つもないという事が。」

「―――確かにそうかもしれない。それがどうかした?」

「それが真理よ。だから、私に関わらないで。」

「いや、訳わかんないよ。」

快斗が首を傾げた――――――と、青子が不思議そうにこちらを眺めている事に気付く。

「あ――――どうした?」

「どうしたって。もう着いちゃったわよ、真由美さんの家。」

言われて。青子の傍にある表札を見る。確かに『白木』とあった。

「じゃあ、私はこれで。」

真由美が先程までの顔に戻る。青子に頭を下げ、門を潜った。

「あ、―――真由美さん。」

「―――何か?」

「今度、遊びに来てもいい?」

「ええ。―――勿論。」

青子が嬉しそうに笑顔をみせる。真由美は微笑みを返し、家に入っていった。

(まったく―――なんだろうね、これは。)

なんとなく、いやな予感を浮かべながら。快斗はもう一度空を見上げた。見える星の数は増えない。
空は汚れてしまったのだろう。誰も気付かない間に、ゆっくりと。
Episode2(7)
C.O.M.'s Novels