Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(7)―
風が、止まない。三年前はどうだったろうか―――。
唐突にそんな事を考えて、平次は苦笑した。
自分はよほど現実から逃げたいらしい。どうだっていいのだ、そんな事は。
今この時において伝えるべき事は一つ。そしてそれ以外は必要ない。
一つ一つ、言葉を吐き出していく。
それは、昔話だった――――――何か教訓を残すでもない、ヒーローたちの心踊る活躍もない―――
ましてハッピーエンドなど望むべくもない。
だがそれでも語り継がれねばならない、一つの物語だった。
長い話、というほどには長くないそれを紡ぐ。時間はそれほど掛からなかっただろう。
だが語り終えると、やはり疲れを覚えて平次は溜息をついた。後悔を交えて、うめく。
「黒羽の奴は―――未だに引きずっとる。俺も、工藤も―――灰原も、多分同じや。」
和葉はしゃがみこんだまま、答えてこない。ただ、呆然と白木 真由美の墓標を見つめている。
彼女が何を思っているのか、その横顔からは知る事が出来なかった。
「その日、何があったんかは俺も知らん。―――残ったんは、結果だけや。」
あの日。白木 真由美がその生を終えた日。何でもないことのように、思い出す事が出来る。
何事もなかったかのように―――人は痛みを忘れていく。思いだし、悼む事は出来ても、痛みはもう戻らなかった。
彼女は何を思い、そして誰を想い逝ったのか――――――
もう、だれも知らない。思い出す事すら出来ない。
「平次。ずるいで。」
ポツリと、和葉が呟く。感情を表に出すまいとしているのか、平坦な声だった。
「――――――そうかもしれんな。悪かった思とる。」
「ちゃう。今までウチに黙ってた事やないねん――――――
今話してくれたんは、哀しかった。それだけやんか。」
和葉が立ちあがる。平次を僅かに見上げて、彼女は瞳を険しくした。
「楽しかったこととか、嬉しかった事とか。そんな記憶はないん?
ホンマやったら、そっちの方がずっと、ずっとおっきいはずやんか!?忘れてしもたん?
哀しいだけやったら、そんな話、ウチは聞きたくない。」
涙を流したわけではない。だがそれでも瞳を潤ませて、彼女は言葉を続けた。
「残ったもんがそれだけやったら―――さびしいやん。
人が覚えてなアカンのは、きっとそっちの方やとウチは思う――――――。」
「全部、か――――――。」
そうだ。全部―――思い出せる。何故、自分は今まで語ろうとしなかったのだろうか。
(やっぱり逃げとった、ちゅうことやろうな。)
三年間、哀しみだけに逃げすぎたのだ。忘れようとしても忘れられない、そう自分を偽って。
本当はもっと簡単な事だったのだろう――――――罪と向き合うという事は、哀しむということではない。
受け止める事なのだ―――彼女と過ごしたその時間を、
彼女の言葉も、気付けなかった苦しみも、全て等しく。
本当は、ただ見つめるだけで良かったのだ―――彼女の死を、そして彼女が生きた日々を。
「間違っとった―――みたいやな。俺は。」
傍らの少女を見る。自分よりもずっと細い肩。そこに彼女は全てを背負おうとしているのだ。彼女は強い。
自分などよりも、きっとずっと。そんな彼女を。何故だろうか、突然に愛しく感じる。
今流しているその涙は、自分が受け止めてやれたはずなのだ。罪悪感が胸を掠める。
平次は、和葉を抱きしめた。
「――――――気付かせてくれるんは、いつもおまえや。感謝してもし足りんな―――。」
「ホンマに―――手ェがかかってしゃあないわ。」
涙を流しながら、それでも和葉は笑顔を見せた。自分に気を遣ってくれているのだろう。
彼女が泣き止むまで―――しばらくそのままでいる。
「さ、そろそろ行こか。時間が無いみたいや。」
「うん――――――。」
「また、後で話そ。」
墓標に軽く手を合わせ、平次が立ち去った。
自分は変らねばならない―――せめて今ここにいる、彼女一人は守れるぐらいに。
彼女が二度と―――涙を流さぬように。それぐらいは、誓わねばならないだろう。
―――しばらくして平次が振りかえった時。遠くで和葉は、まだ手を合わせていた。
Episode2(8)
C.O.M.'s Novels