Episode2
―secret heart 〜秘めた言葉〜(8)―
「――― 一体何の用?そもそも何処から入ってきたかも疑問なんけど。」
感情の篭らない目で、真由美は口だけを皮肉げに釣り上がらせた顔を見せた。
蒼い瞳も、どちらかといえばこういった表情に似合う色なのだと快斗は気付いた。
「笑いなよ。―――せっかく可愛い顔してるんだからさ。」
「質問に答えて欲しいんだけど?」
やれやれ、と快斗は肩をすくめた。可愛げなどというものは一切排除された物言いだった。
「見てのとおり―――この窓から入った。どうせ正面からインターホン鳴らした所で入れちゃくれないだろ?」
「そうね。じゃあ帰って。」
今、快斗と真由美が向き合っているのは2階の、恐らくは彼女の部屋だと快斗はあたりをつけた。
快斗は東向きの大きな窓―――ここから侵入した訳だが―――の窓際に立ち、
真由美は南むきの窓際に設置されたベッドの上で、布団を膝にかけて座っていた。
昼寝でもしていたのだろう、学校帰りに寄った快斗を前にして寝巻き姿だ。
いくら家族とはいえ、まさか他人のベッドで昼寝などしないだろうから、
ここが彼女の部屋だということはまずもって間違い無さそうだ。
「また―――随分だね。もうちょっと客人と話そうって気にはならない?
優雅なティータイムを一緒にすごそう、とは言わないからさ。」
「普通あなたみたいな人は客人とは呼ばずに、不法侵入者と呼ぶのよ。」
彼女が、ちらりと窓に視線を移す。
「鍵がかかってたはずだけど。」
「あれ?開いてたよ?」
快斗が空々しくとぼけて見せる。別にどうでも良いのか、彼女はそれ以上追求しては来なかった。
一旦会話が途切れた気まずさに、部屋を見まわす。
とにかく広さだけは譲らない、とでも言いたそうなこの部屋は恐らくは六十畳ぐらいはあるだろう。
というか既に『畳』とかいうレベルではない。
彼女の趣味なのか、部屋の中はほとんどこれと言った家具もなかったが、
ちらほらと置いてある家財用具はいずれも高価そうなものばかりだ。
「―――いい部屋だね。」
ちょうど真由美のベッドの反対側の隅に置かれているこれぞ豪華、
とでも言えそうなグランドピアノがこの部屋に置かれているものの中で唯一その存在を主張していた。
真由美が弾くのだろうか、とふと考える。いかにも絵になりそうだった。
「いい部屋?ここが?」
真由美がまた、皮肉げな表情を見せる。
「こんな場所―――私にとってはただの檻だわ。」
「檻?」
「そう―――私にはここから出る事さえ、ままならない。」
「こないだは工藤の家にいたじゃないか。」
「例外よ。わむ太がいなくなったから。」
その言葉を聞いて―――快斗は疑問を覚えた。
「あのさ、ちょっと聞いていい?」
遠慮気味に聞こえるよう、尋ねる。
「あのわむ太って―――君が名前付けたの?」
それは異常なことに思えた。この目の前にいる少女が、
こともあろうに自分の飼い猫に『わむ太』―――やはりそれは、有り得なさそうに思えた。
「いいえ。」
「じゃあ誰が。」
「誰だっていいでしょう?」
「いや、まあそうなんだけど。」
あまりに感情を交えないせいか、彼女の言葉はひどく短い。
釣られて快斗もほとんど単語だけ、という形で会話することになる。
「―――聞いたの、まずかった?」
「まあね。」
彼女がやっと、小さく笑う。やはり快斗は釣られて、笑った。
どちらが彼女の素顔なのだろうか、と快斗は思う。
工藤邸で屈託なく笑っていた純真で、少しぼんやりとていた今目の前で笑っている彼女なのか。
冷たく研ぎ澄まされた瞳の、蒼い瞳が似合う彼女なのか。
―――もう既に彼女の表情には笑顔は残っていなかった。
「――――――君は孤独そうだね。」
「構わないわ。―――私に関わらないで。」
「またそんなことを言うの?」
「後悔するだけだもの。いずれ必ず失うものに、私は期待なんてしない。」
彼女の中にあるものは何なのか。それは快斗にはわかりはしない。
ただ感情だけで反発していたようにも思えた。
「それでも―――――人は誰も、独りじゃ生きていけない。」
「―――本当に?」
「ああ。―――君も、僕もだ。」
蒼い瞳が、快斗を見つめる。―――それは容易く快斗の嘘を捕らえた。
彼女の瞳が、寂しそうに曇る瞬間を、快斗は見た。
「―――――――――私も、そうは思わない。」
真由美はそれから窓の外を向いたきり、こちらを向こうとはしなかった。
「――――――帰って。そして二度と来ないで。」
何時の間にか暮れた夕陽が、快斗の目に眩しい。彼女の青いプラチナの髪が、紅い夕暮れの中に染まっていく。
何故か、たとえ様もない悲しみが、胸に残った。
Episode2(9)
C.O.M.'s Novels