Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(1)―


その日、警視庁では緊急会議が行われていた。
20人程の刑事達を前に大きな声で指示を出しているのは捜査二課の茶木警視だ。
このような緊急自体に対しても冷静に部下に指示を与える上司は頼もしいものだ―――
隣でその声を聞きながら、中森警部は腕を組んでいる。

怪盗キッドの予告状が発見されたのは、1時間と少し前。
なんとそれは、気付けば捜査二課の机の上に置かれていた、というおまけ付きであった。
この世紀の大泥棒は、大胆にも警視庁に直接侵入して予告状を置いていったらしい。
今、警視庁はすべての出入り口を封鎖して内部をチェックしている所だった。

(もっとも――――キッドの奴がまだ中にいるとは思えんがな――――。)

その点については茶木警視も同じなのだろう。
会議の内容は予告状に記されている内容を中心に扱っていた。
怪盗が狙うのは、杯戸美術館で現在公開中の『月の涙』と呼ばれる国宝級のダイヤモンドだ。
大きさだけで言えば日本に現存するどのダイヤよりも大きいという事だったが、このダイヤモンドは『国宝級』。
これよりも小さいダイヤが国宝になっているところを見ると、何か理由があるのかもしれない。
手元の資料を読みながら、中森警部は考えを巡らせていく。
古く有名な宝石には、大抵一つか二つくらいはそれにまつわる物語があるものだ。
神話にしか出てこないような奇跡じみたものだったり、
所有者達が次々と死んでいくなどといういわゆる『いわくつき』のものまで、
もちろん内容は様々である。
他に漏れず、『月の涙』にも有名なエピソードがあった。要約すれば、以下のようになる。


 遠い昔。一人の宝石工がいた。
誰よりも才能を持って生まれた彼は、若くして宝石工として得られるすべての栄誉を手にし、
彼の作品は一つで一つの城に代わり得るほどに素晴らしかったという。
だが、彼は満たされる事はなかった。
美しさを作り出すほどに、美を求める自らの心は渇いていく―――
やがて彼は自らに絶望し、美しさの追求を諦めたのだった。
それでも彼の作り出す宝石達は人々を魅了しつづけていたし、その価値は計り知れなかったのだが。
名声の中で失意に包まれていた彼は、ある日一人の女性と出会う。
彼女の瞳に、宝石工は心を奪われた。
それは、彼の知るどの美よりも美しく。彼の作り出したどの宝石よりも輝きに満ちていたという。
やがて、二人は恋に落ちていく。
幸せが二人を訪れ―――そして、通り過ぎていった。
恋人が、不意の死を遂げたのである。
悲しみの中で、宝石工もまた自らの死を決意する。
そして、その死の直前に彼はこのダイヤを作り上げた。己の生の、すべてを注いで。
恋人の瞳の色を、何時までもこの世に留める為に――――――。
彼の恋人の瞳は、海の色をしていたという。そしてその海の色は、月明かりの下でその色を滲ませた。
瞳の中で、月が滲む―――――まるで、涙を流すように。
いつからか、その宝石は『月の涙』と呼ばれるようになった――――――――。


ありがちとも言えるし、まだしも珍しいといえるタイプのエピソードなのかも知れない。
ただ事実として、『月の涙』はダイヤモンドであるにもかかわらず薄らと青い色を帯びているのは確かだった。

「青いダイヤモンドなんて―――――大体からして本物なんですかねぇ?」

目の前で、若い刑事がこちらを見ている。どうやら自分に質問しているらしい。
いつのまにか、会議は終っていたらしいが、まぁ気にする事でもないだろう。
何が話し合われていたかぐらいは想像がつくし、自分は単独で対キッドの捜査をする事を認められている。

「取り敢えず、硬度はダイヤモンドと同じだそうだ。
 何で色が青いのかは――――分かるだろ?
 調べようとしたら、折角の『国宝級』が下手すりゃ台無しになっちまう。」

案外このダイヤモンドが国宝でないのも、その辺りに原因があるのではないだろうか。
ダイヤかどうか分からないものを認定するわけにはいかない、といったところか。

「中森君。ちょっといいか?」

早速現場にチェックに行こうとしたのだが、茶木警視に呼びとめられて中森警部は足を止めた。

「なんでしょう?」

予告された日まで、後3日。ゆっくり話している場合ではないはずなのだが。

「ちょっと、話がある――――――」

いつにもまして、深刻な警視の声。
それにつられるように、警部はゆっくりと頷いた。

Episode3(2)
C.O.M.'s Novels