Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(2)―
「わたたたたたたたぁっっっっ!!??」
そんな叫び声のようなものが聞こえて、2秒ほどの静寂。
今新一の目の前では『西の名探偵』こと服部平次が
階段の最上段でバランスを崩し、絶妙といえる体勢で静止している。
「わぁ〜!ひっかかったぁ!!」
背後では何やら嬉しそうな声。
振りかえると、香澄がおおはしゃぎで走り出している―――
何度か白木邸を訪れる内に、彼女はすっかり平次と打ち解けていた。
「な、な、なにがひっかかったやアホォ!!」
必死に腕を回して体勢を立て直そうとしながら、平次が叫ぶ。
どうやら階段の最上段にトラップが仕掛けてあったらしい。
ロープでも張っていたのだろうか、などと見上げながら新一は思った。
「わ〜い!!」
さらに走りつづけ、香澄が階段を走り上がってくる。彼女は新一の横を軽やかに駆け上がり――――――
ビンッ。
「「「あ。」」」
そして、最上段のロープに引っかかった。
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一気にバランスを失い、階段を転がり落ちる『西の名探偵』。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
見上げて、そのまま巻き込まれる『東の名探偵』。
二人は絡まりあったまま、30段近くある階段を一息で下っていった。
「上等やないか、このくそガキ―――――――。」
「何で俺まで―――――?」
っていうか、早くどけよコラ服部てめえ。人の上でなんか言う前によ。こっそり新一は呟いた。
「まったく――――――貴方達、もう少し静かにできないのかしら?ここは病人の家なのよ、分かってる?」
やれやれだわ。――――何処にいたのか、階段上に哀が姿を見せている。
「こら香澄……イタズラしたら駄目だって言ったでしょう?」
隣では真由美が香澄を叱り付けていた―――もっとも、香澄はマッタク応えていない様ではあったが。
「だって――――――。」
「だってもあさってもあらへん。大怪我したらどないする気なんや……?」
いつのまにか階段を登り切っていた平次が、香澄の頭をガシリと掴む。
「貴方が『怪我』?どこをどう推理すればそんな単語が出てくるのかしら?」
冷ややかに笑うのは哀だ。内容を良く吟味すれば、いまいち笑えないような気もするが。
新一もようやく階段を登り始めた。身体のあちこちをさすってはいるが、取り敢えず大きな怪我はないようだった。
「香澄ちゃん………とにかく、今度からこういうのは無しだ。」
新一までが敵に回ると、流石に膨れてもいられないのだろう。
香澄はしぶしぶではあったが頷いた。
悪戯が無くなるとは思えないが、少なくとも怪我をしそうなものはやめてくれるだろう。
「そういえばさ、真由美さん。この家、ピアノがあるだろ?真由美さんが弾くの?」
奥の部屋を覗き、新一が尋ねた。
素人目にも立派なもので、見るからに良い音が出せそうだ―――――――新一には無理だろうが。
「そう、ですね――――――最近は、もう弾きません。」
「へぇ――――――でも、1度聴いてみたいな。もし、真由美さんが良かったら。」
微笑みながら、新一が素直な意見を述べる。
「そう―――ですね。もし、機会があったら。」
「工藤君に聴かせてもしょうがないと思うけど―――――。」
後ろからまた哀が言う。大きなお世話だと新一は笑い、そらそうやと平次も笑う。
そこへ、香澄が走って来た。手に何かを持っている。
「新一兄ちゃん―――――。」
「ん?なに?」
香澄が持っていたのは新一の携帯電話だった――――多分、先程階段を転がった時に落ちたのだろう。
着信中らしく、小さな音を立てて震えている。
「あぁ――――――ありがとう。」
受けとって、新一は電話に出た。ゆっくりと平次達から離れていく。
「目暮警部ですか?工藤です――――――はい―――それで?」
「大変みたいですね―――――工藤さん。」
以前も同じように警部から電話が来たことがある。
平次や哀からすればいつものことなのだが、真由美からみれば、やはり忙しそうに見えるのだろう。
「服部―――――おまえ、来るか?」
電話を切って、新一が言う。表情がいつもより硬い。よほどの事件なのだろうか。
「なんや?真剣なツラしよって――――――。」
「怪盗キッドだ――――――。」
その言葉を聞いて――――――平次は、無言で頷いた。勿論、平次の瞳がそう語る。
「白馬探偵から直々の指名だとよ。自由に動ける人間が、3人必要らしい。」
「ああ。分かった。」
そんな会話を交す時には、既に二人の足は警視庁に向かっている。
「キッド――――――?」
一人状況が飲みこめないのはやはり真由美だった。別に大したことじゃないのよ、哀が告げる。
「二人が帰るみたいだし――――私も失礼するわ。」
「え?えぇ――――――。」
あっというまに、3人が白木邸を後にしていく。
その寂しさを埋める様に、空には雨雲が広がり始めていた。
Episode3(3)
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