Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(10)―


―――――間違いない。奴はこの展示室の中にいる。

中森はそう確信していた。根拠があったわけではない。
それは、長年に渡って怪盗と勝負を繰り広げてきたからこそ分かる―――――勘だった。

どうやって知ったのかは知らないが、あの怪盗は今日が自分との最後の勝負だと知っていた。
それを知った上で、あえて真っ向勝負を選んだのだ。


ならば。必ず奴はここにいる。自分との決着をつけるために。


拳銃を取り出し、弾層を確認する。これが最後の勝負だと、言い聞かせながら。
確認を終えて扉を開けると、やはりというべきか―――――聞きなれた声が迎えた。


「良い、月ですね―――――中森警部。」


そこにいたのは、確かにキッドだった。


「しかしその裏側で、月とは残酷なものです―――――そうでしょう?」


だが、その顔は中森の知っているものとは明らかに違った。
うまく表現できない、しかし明らかな変化がそこにある。


「夜の闇に紛れ、隠れる秘密を、暴いてしまうのだから。
 誰もが持つ暗闇を――――心の傷痕を、曝け出してしまうのだから。」

お前は、誰だ―――――。そう声にしてしまいそうになって、思い留まる。

「こんな場所で詩人のつもりか?舐められたものだ。」

「私は初めて月が憎いと思っていますよ、中森警部。」


ちぐはぐな、答。そういったところで、この怪盗とまともに会話をした記憶も無いが。


「そんなことはどうでもいい。」

「相変わらず、つれない人だ。最後の夜だというのに。」

そう呟いた怪盗は、少し寂しげだ。
そんな怪盗と対峙しているこの瞬間が、堪らなく心地いい―――――
そう言えば、自分はクビになるだろうか?ぼんやりとそんなことを思う。

だが、奴を前にしたこの緊張感に代わるものが果たしてこの先にあるだろうか?
もう生活の――――人生の一部となってしまった飽くことのない知恵比べは、今日で終わってしまう。
この先は、もうない。


決着の時。もう二度とない、この瞬間を。自分が制してみせる。


月光が、二人を包んでいた。



思考が暴れだしているのが、自分で分かった。
言葉になるよりも早く、いくつもの思いが頭を通り過ぎていく。
通り過ぎては、還ってくる。いつまでも繰り返し廻りまわる、思考の螺旋。

(この宝石は、パンドラじゃあ無かった――――――けど。)

宝石を盗む前に、快斗は必ず入念に下調べを行う。
宝石に纏わる歴史や、かつての所有者達―――――そして、逸話までも。覚えがあった。


恋人の瞳、その輝きを永遠に遺すために。


その蒼は――――――月明かりの下で色を滲ませたという。
抜けるような、蒼い瞳。透明で、儚く。どこかに切なさと悲しみを帯びた、深い蒼。


( こ の 宝 石 の モ デ ル に な っ た 、
  そ の 恋 人 の 瞳 は ―――――――? )


まるで、宝石のように。怪盗の心を惹きつけてやまない、彼女の蒼。
あの日、夕暮れの後に昇る月に、彼女の瞳を滲ませたものは――――涙では、無かった?


( 真 由 美 ――――― 君 が ? )


君の瞳が、パンドラなのか?

不意に。逢いたい―――――そう、強く想った。君に逢って、抱き締めてしまいたい。
吐息のかかる距離で、君の瞳を覗きたい――――――そして。

その瞳が色を変えたなら。俺はどうする?


「・・・・・・中森警部、通して下さい―――――急用ができました。」


そんなことを言ったからといって、引き下がってくれる相手ではないことぐらい知っている。
ここを通るのは、正面から彼をかわしたその後だ。
追い求め続けた宝石が、手の届く場所にある。

戦い続けた好敵手が、最後の別れを告げようとしている。
怪盗キッドの世界が、終わっていくのを感じた。


「通さん。―――――これが、最後だ。」


予想通りの返答に、満足する。
最後の舞台を飾りたい――――その気持ちが理解できた。
自分の舞台も、これで幕を下ろすのかもしれない。
そう思うと、決着をつけねばならないと、そう思えた。思いを残さぬように。


(まったく――――――厄介なこったぜ―――――!)


本当に奪いたいもの。本当に守りたいもの。

二つが、同じものなら―――――――俺はどうする?

Episode3(11)
C.O.M.'s Novels