Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(11)―
正面から突破する。
もとよりこの狭い展示室ではそれしか手は無いだろう。
かといって、本当に真正面から飛び込めば勝負は目に見えていた。
自分より一回りは大きい目の前の警部は、どう割り引いてみても自分よりは力がありそうだ。
まともに突っ込んだのでは快斗に勝ち目は無い。
(なら―――――正面から当たらなきゃ良いだけのこと。)
警部の死角となるマントの陰で、そっと発光弾を取り出す。
先ほど入り口で使ったものと同じ型だ。
一瞬でも視界を奪えば、敏捷性ではこちらが上回っている。
振り切れる自信はあった。
たとえ警部が反応よく目を瞑って避けたとしても、その目を閉じた一瞬がこちらのアドバンテージになる。
「さぁ―――――勝負と行きましょうか。」
それは、意味の無い宣言ではあった。今更そんなことを言うまでも無く、勝負は始まっている。
だが、事実として二人はその声にあわせて動いていた。
快斗は前へ。警部も――――同じく前へと飛び出している。
(このタイミング―――――)
互いの距離が一メートルを切るか切らないかのところで、快斗は手に持ったそれを放り上げた。
一秒もしないうちに、この部屋を真昼以上の明るさが包むはずだ。
「お別れですね。警部――――――」
その言葉を快斗が放つと同時に―――――警部は動いていた。
目に止まらぬほどの速さで拳銃を抜き、中空に向け、一度の銃声。
信管を打ち抜かれた発光弾が輝くことは無かった。
「同じ手が二度も通じるとでも思ったか!?」
「く―――――」
そのままの突進してきた警部に跳ね飛ばされ、快斗は床を転がった。
何とか受身を取ることには成功しているが、
かなりの勢いで叩きつけられたせいか背中に痛みが走る。
体を起こし、続けざまに押さえつけようとしてきた警部の足を払う。
わずかに崩れたバランスを警部が修正し終えた時には、もう快斗は立ち上がっていた。
後ろに跳んで距離をとり、間合いを詰めようとする警部から離れる。
「まさか、こんなことが貴方にできるとは。正直―――――驚きましたよ。」
正直な賞賛を、揶揄の言葉に混ぜて贈る。警部じゃうっすらと笑っていた。
「俺を舐めていると、こういうことになる。考えが甘かったな。」
反応の良さはもちろんのこと、初めて見る警部の射撃の腕は快斗の予想を上回るに十分のものだった。
こうして一対一で格闘するのは初めての事だが、どうやらそう簡単に逃げさせてもらえそうには無い。
「もっと前からこうなら、これまでももう少し楽しい時間が過ごせたんでしょうがね――――――。
本気を出すのが遅すぎますよ。」
口ではそう言ったものの、改めて状況を考えれば軽口を叩いている場合ではない。
手持ちの発光弾は今投げた分、つまりは信管を打ち抜かれたものが最後だ。
(次の一手がこっちにはない、か。)
それからの動きは、ある意味では単調な鬼ごっこだ。
接近して取り押さえようと中森警部が追い駆け、できるだけ距離をとって隙を探す快斗が逃げ回る。
展示室の扉には鍵がかかっているため、
快斗でも出ようとすれば2,3秒はかかる――――――その時間を作れるか否か。
それは快斗にとっては単純な持久力―――――体力勝負でもある。
そしてその快斗とは違い、警部にはまだ手が残されている。
チャンスがあれば拳銃で快斗の足を撃つ―――――ということ。
いかにキッドといえど、走れなくなれば逃げおおせることは不可能だ。
近づき、離れ、フェイントを掛け合う。お互いに一歩も譲らない。
どれほどの時間、動き続けていただろうか。
振り切ることもできず―――――また狙撃するほどの隙も見つけられず。
やがて二人は示し合わせたように、互いに動きを止めた。
「―――――終わりにしましょうか。警部。」
「―――――良いだろう。今更異存はない。」
言いながら、警部はゆっくりと拳銃を構えた。
張り詰めた空気を破らぬように、ゆっくりと―――――急いではならない。
そのせいでこの均衡が崩れ、再びキッドが動き回り始めれば、銃で狙いをつけるのは困難になる。
「長い付き合いだったが――――――終わりはあっけないものだな。」
狙いを定め、引き金を絞るその瞬間。
怪盗が懐から何かを取り出すのが警部の目に映った。
(あれは、拳銃――――――?)
一瞬の出来事に、目がついていかない。
だが、それでも警部は直感でそれが何であるか気づいた。
キッドがいつも使っているカードを撃ち出す銃だ。
だとすれば、キッドの狙いは拳銃かこの腕。狙いを外すつもりだろう。
(だが―――――外さんぞ。たとえそれが本物の銃だろうと!)
この一瞬に、すべてをかけている。
「終わりだ!」
警部の叫びにキッドが引き金を引く。だがカードに惑わされず、自分は撃てば良いだけ。
「楽しかったですよ、警部―――――」
だが。
予想していた衝撃は訪れなかった。その事実に、引き金を引くのがわずかに遅れる。
怪盗が打ち出したカードは、警部の足元にささっていた。
―――――足元に転がる、発光弾に。
破裂音とともに部屋を閃光が包む。視界がゼロになり、掴みかけた怪盗の影が消えていく。
「くっ――――――。」
「永久(とわ)の別れを。」
勝利を告げる怪盗の声が、閉ざされた視界の外から聞こえた。
(まだだ!まだキッドは俺の前にいる――――――)
キッドが警部の横を通り抜けようとした瞬間。警部は床を蹴っていた。
確かに、怪盗を掴んだ。
だが、掴んで――――――するりと、怪盗は手の中から消えていた。
「目の見えない貴方では――――――私を捕えることは、できません」
手の中に、固い感触。わずかだが戻ってきた視力で、
それがキッドの片眼鏡(モノクル)だとかろうじて確認する。
「俺では―――――貴様の眼鏡一つが精一杯。ということか。」
苦笑。
鍵を開けて出て行くキッドを、黙って見送る。もう敵わないのは分かっていた。
「それじゃ――――――。」
キッドが振り向く。ぼやけた視界の中で、怪盗と警部は向かい合う。束の間の、視線の交錯。
「あばよ。」
足音が遠ざかっていく。小さくなっていく気配を感じながら、警部は立ち尽くしていた。
「ふ―――――どうやら、相当に目をやられたらしいな。」
霞む視界の中で、一瞬目と目があったその顔が――――――
「まさか、な。ありえんことだ。」
その顔が、自分がよく知る少年のものに見えたのは。
きっと、気のせいだ。
Episode3(12)
C.O.M.'s Novels