Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(19)―
「少し、いいかしら?」
哀が快斗に声をかける。快斗は黙ったままだったが、やがて首を縦に振った。
もっとも、そうした時にはすでに哀が隣に座っていたのだが。
快斗はいつもの服装に戻っていた。
先ほどまで身に着けていた仕事装束は、取り敢えず隠した―――――哀が隠させた。
世間を賑わす怪盗キッドの正体が、今ここで俯いている高校生だと知っても、恐らく人々は納得しないだろう。
それほどに、彼は沈み込んでいる。
真由美を彼女の家に運び込んだ時には、時計は3時を回っていた。
真由美を寝台に寝かせれば他にすることもなかったが哀は一応、と断って脈をとり、
快斗には分からない作業をこなしていった。
新一から電話があったのはその頃だ。
何があったのか告げもしなかったが、「すぐ真由美さんの家に行く」とだけ言って電話は切れた。
哀が今夜ここにいることは前もって言ってあったから、この雨なら泊まっていると予測をつけたのだろう。
もしこの時哀が快斗の服装の意味に気づかなければ、少々厄介なことになっていたかもしれない。
茫然自失としていた快斗が着替え終わるのと二人―――新一と平次が駆けつけるのはほぼ同時だった。
今、二人は真由美を見舞っている。
「心のどこかで―――――『そんなことあるはずない』って。勝手に決め付けてた。」
苦しげに、快斗がうめく。その表情からは生気が感じられなかった。
「彼女は、俺に何回も言ったのに。信じてあげられなかった。」
彼女はきっと、いつだって叫んでいた。寂しいと。苦しいと。悲しいと。辛いと。
きっと、いつだって絶望を叫んでいた。それに気づかなかったのは、他でもない。
空虚な言葉だけを―――――甘い理想だけを振り回していた自分だ。
信じていい、などと。何の根拠があったというのか?
彼女の望むことを、望むままに?彼女の声すら聞こえてはいなかったのに?
「『死』というものは――――――そういうものよ。」
感情の無い声が、隣で囁く。
「貴方は、耐えられるかしら?」
快斗は、哀を見ることができなかった。彼女は、多分泣いている。
それでも。快斗は思った。涙など流していなくても、自分は哀に較べればはるかに弱いのだろう。
哀は、向き合ってきた。
真由美の死と、彼女の刻む最後の時間に。
痛みを、分かち合ってきた。その涙はだからきっと、強い。
「彼女の、傍に居ること。彼女の心を受け止めること。
彼女に残された、最後の刻をともに過ごすこと。
彼女の総てを、救うこと。そしていつか―――――失うこと。」
――――――その重みに。貴方は、耐えられるかしら?
「それが、できないなら。」
哀がこちらを見るのが、気配で分かった。
つられて、快斗もまた哀を見る。その泣き顔を、多分忘れることは無いだろう。
「今すぐに。彼女の許から消えなさい。」
Episode3(20)
C.O.M.'s Novels