Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(3)―
自分の部屋の扉を開けて、中に入る。陽は雨雲に遮られて届かないため、部屋の中は酷く暗かった。
迷わずにそのまま正面の窓へと進む。そこに何があるのか、不思議な事に確信していた。
窓を開き、空に背を向ける。降り出した雨の勢いは強く、雨音が部屋の中まで響いていた。
「濡れるわよ。中に入ったら?」
背中越しの声は、きっと彼にまで届くはずだ。
「――――――女性の寝室、なんだろ?」
「雨の日は特別なのよ。大目に見てあげる。」
建物の傍には、幾つもの木が植えられている。
そのなかで、この窓に一番近い枝―――――その根元に、黒羽快斗は座っていた。
木の葉に遮られて直接雨に打たれているわけではなかったが、それでも彼の衣服は濡れ始めていた。
自分が知る限り最も本音の部分で付き合っているであろうこの少年は、嫌いではない。
「ありがたいけど――――ここで良い。」
「そう――――――。」
無力なくせに、変に知った風な事を言って――――
けれど、それが間違っている訳ではないと、自分も心の何処かで分かっていて。
辛く当たっている自分に戸惑ってばかりだけれど、
それでも傍で――――――間違ってはいない言葉で、自分を貫く。
今まで、誰にも話した事が無かった事を話した。話したいと思った。
自分をそうさせたこの少年の事が―――やはり、嫌いではない。
「今、幸せよ。考えた事も無いくらい。」
今また、こうして彼に告げようとする言葉。それを言おうとする自分も、何故か嫌いでは無かった。
あんなにも嫌悪した自分なのに。
「灰原さん。工藤君に服部君。あんな人達と一緒に過ごせる事が、私には幸せ。」
自分は―――死ぬのだろうか。訪れた幸せは、同時に恐怖を駆りたてる。
「貴方が、くれたのよ。私に幸せを。」
それでも、この時間を離したくない。今はそう思える。
「――――――傍に、居てくれない?私が迎える、最後の時まで―――――。」
死を、恐れる事しかできなかった。
けれど今―――より一層大きくなった恐怖の裏に、ひとすじの光が見える気がする。
生きたいと、そう思える気がする。初めて。
「君が望む事を。」
いつだって、私を惑わせるこの少年が―――――嫌いではない。決して。
「君が望むままに。」
何故。彼の言葉に涙が溢れるのだろう――――――?
「ありがとう――――――。」
窓の向こうで、彼の気配が近づいてくる。
隣に立った快斗は、自分よりも随分と背が高かった。
快斗の手が、真由美の涙を拭う。雨に濡れた彼の手が、冷たく頬に心地よかった。
快斗の運んだ雨粒が、そっと彼女の涙を隠す。
Episode3(4)
C.O.M.'s Novels