Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(23)―


「――――――――もうさよならなんて、会えたばかりなのに。寂しくなるわね。」

哀の言葉に青子が頷く。
その顔は涙をこらえるのが精一杯といった感じで、
とてもではないが「笑ってさよなら」などといえる様子ではなかった。

「大阪府警だったら、服部君のお父さんもいるし―――――
 貴方とはこんなことで終わる縁じゃないと思うわ。是非また遊びに来て頂戴。」

もう一度青子が頷く。「ありがとう」と小さく言うのが聞こえた。

「出発は明日よね?見送れないのが残念だけど――――――元気でね。」

「うん―――――。真由美さんは、今はどうしてるの?」

「――――――少し、体調を崩してるわ。部屋で休んでる。」

嘘は言っていない。罪悪感はこの際いくら背負おうが大した問題ではなかった。

「そうか――――――じゃあ、あのへんのは皆お見舞い?」

「誰が『あのへん』だコラ。」

青子が指差した辺りはもちろん真由美の部屋の前。
そこで何をするでもなく、相変わらずそこにいるだけの新一に平次に快斗なわけだが、
取り敢えず代表して快斗が抗議した。『あのへん』じゃ勿体無いくらいよ、
と哀に言われては閉口せざるを得なかったが。

「香澄ちゃんは?」

「ここだよ〜。」

窓の向こうから返事が返ってくるのが最近の定番だったのだが、今日は珍しくドアから姿を見せた。
どうやら今外から帰ってきたところらしい。

「あら。外で何してたの?」

「読書。後、ちょろっとわむ太と遊んでた。」

聞いた哀に、香澄が笑顔で答える。
快斗達にも少し意外なことだったのだが、
香澄は庭に出てはその日その日で場所を決めて本を読んでいるようだった。
てっきり駆け回って遊んでいるものと思っていたのだが、
よく考えれば12歳の女の子が一人で走り回りもしないだろう。

「青子さんは、明日何時に出発するの?」

香澄が聞く。
分からないけど、多分夜かな、と青子が答えた。
中森警部は持ち前の勤勉さで、最終日もきっちり仕事をしてから大阪へ発つつもりらしい。
勤勉という範疇をかなり越えているというのが大方の意見だろうが、当の警部は気にもしていない。

「そんな時にまで仕事をするのか?中森警部は。」

もっと長年暮らした街との別れを惜しむとか、
そこまで行かなくとも最後の一日くらいゆっくり過ごしてもよさそうなものだと、新一が言った。
だがその新一も他の何より事件優先、つまりは中森警部に近いタイプだ。

「お前がゆーてもなぁ。説得力のカケラもあらへん。」

「あんだとコラ」

呆れてつぶやいた平次に、お前はどうなんだと新一が言い返す。
後は名探偵のイメージとはおよそかけ離れた言い合いが展開されるわけだが、
それが一分を越える頃には誰も聞いてはいなかった。

「もうちょっと場の雰囲気に合わせた会話はできないのかしらね・・・・・。」

「あの二人じゃムリでしょ。」

いつの間にやらコーヒーを淹れてきた哀が、青子と快斗の前にカップを置く。
背後から聞こえてくる騒音はこの際無視してコーヒーブレイクを決め込むようだ。

「――――――お前がそんなコトゆうとるから、この前の事件でも一回犯人に逃げられたんとちゃうんか!?」

「あぁ!?そりゃお前が――――――」

「香澄ちゃんも飲む?一応用意してきたんだけど。」

言い争いが存在しないかのように淡々と哀は会話を進めた。

「あ、うん。いただきます。」

「飲み過ぎないように気をつけてね。ちょっと濃い目だから。眠れなくなるわ。」

「大丈夫―――――飲んだことあるもの。」

「へぇ。コーヒー飲めるんだ。ドクターのヤツは美味しいからね―――――これは止められなくなるよ。」

「あの・・・・・・灰原さん?」

何事もなく談笑する三人にの中に混じっていた青子が手を上げた。
どうしていいのか自信がない、という顔だ。

「何かしら?」

「・・・・・あの二人、止めなくていいの?」

恐らくそれは、この地球で暮らす全人類にアンケートを取れば
間違いなく9割をこす人々が「止めるべきだ」と答える、
いわば人間の常識に属する問いであったに違いない。
だが、哀は不思議なものでも見るかのように首を傾げた。

「――――――何で?」

「え?」

「何故私があの二人をわざわざ止めなくちゃならないのかしら。面倒だし、ごめんだわ。」

「いや、でもそういう問題じゃ―――――――」

なお青子は抗議しようとしたが、哀は肩を竦めてみせるだけだった。

「ねえねえ!青子さんが出発するのが夜なんだったら、皆でどこか遊びに行かない?」

「そうだな――――――良いかもしれない。」

「確か明日から米花祭じゃなかったかしら。ならそれに行くって事で良い?」

「さんせー!!」

今度は出発する青子そっちのけで送別会らしきものの予定が立てられていく。

「集合は・・・・・・・じゃあ、正午かな。昼飯食ってから行こう。」

「何処に集合?」

「ここでどうかしら――――――真由美さんと香澄ちゃん次第だけど。
 ここからなら米花神社も近いし。昼食なら私が作るわ。」

「それでええ!!大体工藤、お前はなぁ―――――――!」

「正午だな!!―――――それが俺のやり方なんだよ!」

いつの間にか、新一と平次までが口喧嘩をしながら会話に参加して。
青子はただ頷いて、承諾しただけだった。


Episode3(24)
C.O.M.'s Novels