Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(24)―


「良かったのか?」

「ん―――――何が?」

夕暮れが、隣を歩く青子の横顔を紅く染めている。
これからいよいよ本番を迎えようという夏は、
夕暮れ時になってもその暑さを出し惜しみする気はないようだった。
帰り道を、二人歩く。そんな当たり前だったことも、思えば久しぶりだ。

「明日の事。俺達で勝手に決めたけど、良かったのかなって。」

「あぁ、うん――――荷物も、もうまとめたし。明日することもなかったから。」

「そうか。」

それきり、会話が途切れる。別に珍しいことではなかった。
快斗は自分が話したくないときに無理に話すことなどしないし、
青子にしても、長い付き合いの快斗にいちいち伝えなければならないことも無い。
言葉を交わさないことも、自然。くだらない言い争いも、自然。そんな二人だ。

「真由美さん、体調崩してるって・・・・・・?」

青子が口を開いたのは、もう彼女の家まで100メートルあるかないか。
交差点で、信号待ちをしている時だった。

赤は『停まれ』。

誰が決めたのだろう?色とメッセージには何の関係も無いのに。

「ああ。もう結構長い。」

「毎日――――――お見舞いに行ってるんだ?」

「―――――――ああ。」

信号が、青に変わる。青は『進め』――――――これは間違いだ。
正しくは、『進んでもよい』。
隣で自動車がエンジン音を上げて発進していく。
二人は動かなかった。
後ろからやってきた自転車に乗っていた少女が、不思議そうに二人を見比べながら追い抜いていく。

「快斗は――――――真由美さんが、好きなんだ?」

恋は、『切ない』?ただの名詞に、形容詞が結びつく。
必然なんて、やはり何処にも無い。

「―――――――ああ。」

何処にも必然など無いのに。
それでもやはり、恋は『切ない』。『辛い』。そして『悲しい』。


本当ならば、もっと別な想いがあるはずなのに。


叶わぬ恋は、こんなにも。


強く涙を誘う。止められぬほどに。
涙は『切ない』。『辛い』。そして『悲しい』。けれどそれは、恋ではない。
何処が違う?恋と、涙は。
ただ一つ言えることは。涙を流していても、彼女は笑っていたこと。

「そっか。思ったとおり。」

もう一度、信号が赤に変わる。赤は『停まれ』。そこに、なんの必然も無い。
青子は飛び出した。横断歩道の真中にその身を投げ出す。
加速した乗用車は停まることができない。
かといって、突然現れた少女の影を避けることもできない。

「――――――――――――っ!」

地面を蹴り、地面と平行になるように中空を滑る。
着地と同時に彼女の体を抱き、もう一度跳躍。
飛んだ快斗の下を、鉄の塊が通り過ぎていった。
そのまま向かいの歩道に降り立つ。着地の衝撃を抑えるために、膝を大きく曲げた。

「お前――――――何考えてんだよ。」

「――――――――――別に。」

腕の中に抱いた彼女の顔は、快斗の真横にある。
その耳に彼女は小さな声を吹き込んだ。

「別にって―――――車に轢かれたら死ぬんだぞ!?」

俺が助けなかったら―――――――そう言いかけた快斗の口を、青子の腕が塞ぐ。
彼女は、快斗の頭を小さく抱きしめた。

「分かってたから。助けてくれるって。快斗なら、それぐらいのこと、できるって。知ってるから。」

「青子――――――――?」

彼女の表情が、見えない。たまらなく不安だった。

「快斗。私ね―――――ずっと皆と一緒にいたかったよ?
 泣いて、笑って。皆で、この先もいたかった。」

泣いている。そのことを、濡れた頬で快斗は知った。

「快斗の―――――――傍にいたかった。」

「――――――――。」


別れは、やはり『寂しい』。
ならば、出逢いもまた寂しさを併せ持っているのだろうか?
出逢いがなければ、別れも無い。

そう。彼女とも、出逢わなければ――――――。


「頑張れ、快斗。真由美さんが、きっと待ってる。」

「――――――――。」

「私は、傍にいられない。」

何も、深くは知らない彼女だから。その言葉は尚更に重かった。

「頑張れ。」

その言葉に応えることは、きっとできない。
けれど、心に刻もうと思った。別れは『寂しい』。恋は『切ない』。涙は『悲しい』。
それでも、今腕の中にいる少女は。



『愛しい』。




「家まで、送るよ。」


それだけを言葉にした快斗の中で。青子の涙は空の紅さが消えるまで続いた。
一つの、時間が終わる。
いつまでも続くと、無邪気に信じていた。そんな穏やかな時間が。

Episode3(25)
C.O.M.'s Novels