Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(25)―
夏といえば、祭り。
少々短絡的な発想かもしれないとしても、おそらくそう間違ってはいないだろう。
現に今、新一が歩いているこの米花神社の参道には目一杯の堤燈が提げられているし、
息ができなくなるほどの人ごみで溢れかえっていた。
夏祭り、というのはやはり定番なのではあるまいか。
浴衣姿であるく少女、というのもそういえば見るのはこの時だけだ。
香澄は年相応というくらいの、水色に華をあしらった明るい色の浴衣を着ている。
よく似合っているとお世辞抜きで言えそうだ。
もう一人、哀はどうなのかといえば『興味ないわ』と即答。
予想通りではあるがわざわざ着飾る気は毛頭無いらしい。
いくら新一であっても多少もったいない、と思わないでもなかった。声に出しては言わないが。
「真由美さん、やっぱこれねーの?」
新一は、もうかなり長い間真由美とは会っていない。
「そうね――――――体調から言えば平気なんだけど。やっぱり、ね。」
「そうか・・・・・・・。」
もう二度と会えない、そんな可能性が頭をちらつく。
ならば一層、これから自分が何をすべきか、もう一度真剣に考えたほうが良いかもしれない。
「―――――――――たこ焼きは、やっぱり大阪やな。」
そんな思考を遮って、平次の洩らすつぶやきが耳に入る。
やはり祭りといえば、出店。
大阪人といえば、たこ焼き。
だが関東のたこ焼きは大阪人の口には合わなかったようだ。
「そうか?これの何処が悪いのか今イチわかんねーけど。」
平次の手に載せられた紙皿からひとつたこ焼きをつまんで、新一が言う。
「うん――――――普通じゃね?な、灰原。」
「そうね―――――――少なくとも、東京における標準的なたこ焼きだとは思うわ。」
こちらもひとつ失敬して、哀が感想を述べた。
「私も普通だと思う。」
平次のつまようじより一瞬はやくたこ焼きをさらって、今度は香澄。
つまようじは空になった皿をむなしく貫いた。
「・・・・・・・・勝手に食うか?お前ら・・・・・・。」
「あら。お気に召さなかったのなら、文句を言うこともないんじゃないかしら?」
哀の言い分もはたして許容されるべきか否か怪しいところではあったが、
香澄と新一が平次に味方をするわけでもなく。
またなにより、何かを言ったところでたこ焼きが戻るわけでもない。
仕方なく平次はため息をついた―――――色々な意味を込めて。
「あ、あたし金魚すくいしていい?」
香澄が手を揚げた。
「ん――――――いいんじゃねーの?じゃあ俺はさっき見かけた古本屋にでも。」
そう言って、新一はさっさと集団から離れていく。
「お〜、お好み焼きがあるんか。どれどれ、関東の味は――――――」
平次は平次で、何のこだわりがあるのかお好み焼きの屋台に向かう。
「じゃあ、また後で!」
香澄が勢いよく走り出す。
「―――――――――よく動くわね、皆。」
一人残された哀がつぶやく――――――――――
「―――――――ひとり?」
そういえば、快斗と青子の姿が無い。
さっきまでは並んで、とはいかないまでも自分達の少し後ろを歩いていたはずなのだが。
とはいえ、あの二人も今夜限りでお別れなのだし、
当たり前のように隣に居たという幼馴染どうしが急に離れ離れになるという辛さは想像がつかなくもない。
二人で話したいことも、きっとあるだろう。自分達と一緒に行動していた方がおかしいくらいだ。
「――――――勝手よね。この間まで真由美さんにかかりっきりだったくせに。」
そうつぶやいて。
私も随分世間ずれしたものね、と哀はため息をついた。
他人の事情にいちいち文句をつけるなど、以前は考えなかった。
自分にそんな事情がなかったせいかもしれないが。
一人で歩くか、それとも誰かについていくか。
少し考えて、哀は一人で歩き出した。
目指すのは新一と同じで、古本の出店だ。ただし、新一と同じ店ではない。
同じ店にわざわざ行ってみたところであの探偵は本を選ぶ作業に夢中になっているか、
たしょうマシだったとしてこっちが本を選ぶ作業にやかましく口出しするかだ。
それでもそちらに足を向けるのは、自分があの探偵に何かを期待しているからか。
ありえない、と首を一振りして哀は足を速めた。
そんな期待は持ったところで無駄だと、決して長くはないはずの歴史がしつこく証明している。
なら何故?
「――――――――――」
目的地に着くと、見慣れた背中が前にあった。
片端から本を手にとっては眺めているその手つきは、見慣れた探偵のものだ。
恐らくさっき向かった店で買ったのだろう本が数冊、袋に入って手に提げられている。
「嫌なタイミングよね。」
またため息をつく。少し迷って、だが哀はその背中の隣に並んで本を手にとった。
本当に夢中になっているのか、隣にいる新一がこちらに気付く様子はなかった。
だがどうということではない。
自分は本を探しにきたのだから、と哀も端から本を手にとっていく。
隣にいる探偵が、自分に気付くまで。
Episode3(26)
C.O.M.'s Novels