Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(26)―
「まずかったかな?皆に黙って抜け出してきちゃって。」
そう言った青子に、快斗は黙って首を振った。
「これくらいは許してもらえるよね―――――時間も無かったし。」
快斗が頷きを返す。二人は環状線に乗っていた。
東都駅までは後二十分あまり。
彼女が乗る電車の出発予定時刻まで、もう一時間を切ってしまっている。
だがそれは彼女が父親に頼み込み、ギリギリまで出発を遅らせてもらった時間でもあった。
「俺から、皆に言っとく。心配ない。」
別れの辛さは、誰もが知っている。
だが、それを本当に味わったことは無かったのだと快斗は気付かされていた。
テレビの向こうで、あるいは本の中で。
幾度となく繰り返される、ありふれた別れのストーリ。
だが、それも主役が自分と彼女なら。
切実さは予想より大きいらしかった。
「明日から、快斗に会えない。」
隣で青子が言った。
明日から、会えない。
別れの際である今になっても、その事実に実感がない。
そのことが不思議だった。
人は、別れに慣れていくのだろうか。快斗は思った。
隣にあるはずの姿を、ふと恋しく思うことがある――――――
その程度の存在に、彼女は変わっていくのだろうか?
誰かが自分の前から消えること。
それが、どうでもいいと思えるようになるのだろうか?
そんなことを考えるのは、二度目。
そうであれば、どんなに楽だろう。
忘れられない痛みなど、この世にないというならば。
だが自分には、そんな器用なことはできない。
たとえ痛みを忘れたとしても、傷口が癒えるわけではない。
何かが、そこにあった。そして消えた。その痕としての傷だ。
血を流さぬ傷など、ありはしない。そこに痛みがないとしても。
「寂しいって、言ってもいい?」
「―――――――」
ただ、寂しいと。
そう口にするだけで紛れる何かがあれば、きっと自分もそうしたに違いない。
だが快斗は答えなかった。
「快斗――――――携帯。」
別れと、痛みと、慣れ。
そんな詰まらないことを考えている間に、電車は目的地に着いていた。
くだらない空想でも、それなりに集中はしていたらしい。
青子に指摘されるまで、快斗は自分の携帯が鳴っていることに気付かなかった。
見覚えのない番号が画面に表示されている。
「はい。」
「―――――――黒羽君?」
電話越しでも凛とよく通る声は、最近になってよく聞くものだった。
「ドクター?」
「時間がないの。用件だけ伝えるわ。後は貴方が判断しなさい――――――――」
続けて電話の向こうから哀の声が、それこそ機械的に用向きを告げていった。
脳をすり抜けていく、単語の羅列。
手の中の携帯を、取り落とさなかったのが不思議だった。
Episode3(27)
C.O.M.'s Novels