Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(4)―


遠く、人のざわめきが聞こえてくる。
最後にこの祭に来たのは何時の事だったか―――――
まだ両親が日本にいたはずだから、少なくとも最近―――ここ2、3年は来ていないはずだ。

一方で江戸川コナンは毎年この祭にやって来た。
無邪気で天真爛漫な少女と、ちょっとだけ大人びた少年と
食べ物の事しか頭に無い大柄な少年。
そして――――――自分と何かを共有していた彼女。

何を共有していたのか――――――もうはっきりとは覚えていない。
とても重大な秘密だったようにも思えるし、
今となってはどうでも良い事のような気もする。

止まっていた時間は動いたのだから。
いつかは止まっていた事さえも忘れられてしまうのだろう――――――
共有していたはずの何かが、忘れ去られる様に。

それでも―――――過ぎ去った凍りの時が今自分を苛んでいる。
止まっていたのに。何も進まないはずの時間が何かを変えてしまった。
それは、存在と無の狭間。
止まった時間は無に等しいが、その中で過ごした日々ははっきりと存在している。

新一は一人でベンチに座っていた。
先程から取りとめもなく続いている思考は一向に終る気配を見せないままだ。

蘭を待っていた。約束の時間まで後5分だ。
約束の時間まで――――――約束の時間とは、そもそも何時だったのだろうか?
また思考が巡り始める。


『必ず帰ってくる。』


あの言葉は約束ではなかったのか。
止まった時の中で交した約束達は、動き出した今も止まったままなのかもしれない―――――
あるいは、自分も止まってしまったのか。

工藤新一が工藤新一を取り戻したその時、本当ならその時こそが約束の時だったはずだ。
動き出した時の中で生じた歪みなど意に介さず元の生活に戻る事も、恐らくはできたはずだ。
だが、それができなかった。

止まっていたはずの時間の中で出遭ったものが多すぎて。
止まった時間を重ねるほど、失いたくない大切なものができて―――――。
それは、自分を偽った世界で得た紛い物でしかない。
すべては無かった事になるのだと、そう気づいた時にはもう遅かった。

工藤新一と江戸川コナン。もう、どちらも嘘にはできなかった。
結局の所――――――自分は怖がっているだけなのだ。時を熔かす事を恐れているのだ。
嘘の時間が消え去るのが。もしくは本当だったはずの時間が嘘になるのが。

3年前――――――黒羽快斗が呟いた言葉があった。
それを聞いたとき、自分は随分と怒ったように記憶している。
時が動き始めていた事に気付いていなかったからだ。
あの頃の自分は、偽りの日々をすべて消し去る事が出きると信じていたからだ。


今は快斗の言葉が理解できる。


自分が彼女に伝えたい事も――――――多分、同じ事なのだから。
足元を見ていた新一の前に、一つの影が立ち止まる。
幼い頃から、同じように彼女の影を見てきた。いつも隣にいた人。
疑う事無く信じる事のできた人。
いつまでも、変らない二人がそこにいると―――――信じさせてくれた人。
止まった時の中に、いなかった人。


それはもう、違う人。


見上げても―――――よく知っているはずのその顔は、何処か知らない表情を湛えていて。


「遅刻だね――――――。ごめん、待った?」


声を聞いても――――それは何処か知らない響きで。
貴方は、其処にいるのに。確かに其処にいるのに。
自分は、ここにいるのに。確かにここにいるのに。


貴方の時に、交われない。


何故か、泣く事すらできなかった。

Episode3(5)
C.O.M.'s Novels