Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(5)―


何処からか太鼓の音が響く。頭上を埋める様に張り巡らされた堤燈の列が夜空を照らす。
祭の盛り上がりはますます大きくなるばかりだった。
先程まではゆとりがあった広い参道も、真っ直ぐに歩けないほどにごった返している。

平次は人込みが好きではない。
人込みが持つ独特の熱気は息を詰まらせるし、人ともすぐにはぐれてしまう―――――
何より、人込みに紛れた逃走犯はどう頑張っても追跡できなくなる。
良い事など一つも無い、というのが平次が人込みに下した評価のすべてだった。
この分では米花神社まで辿りつくのは難しいかもしれない。
哀や快斗がこちらに来たがらなかった訳がようやく分かった――――――
地元の人間はわざわざ参拝する気にもなれない、それほどの人口密度がここにある。
―――――それにこの祭には、あまり良い思い出がない。

「――――――帰ろか。」

「はぁ?」

隣の和葉に呟く――――
この二人がまだはぐれていないというのは奇跡的な事である―――
せっかくここまで来たのに、と口を尖らせるのが視界の端に映ったが
正直その程度で突入する覚悟を決められるような状況ではなかった。
そんな気分ではない。

「こないなトコ歩いたらお前が何処行くか分からんからな。
 工藤ん家の鍵預かっとるし、早めに帰って待っとこいた方がええわ。」

「―――ほんなら勝手に帰ったらええやん。ウチは一人でも行くで。」

「アホ言うな―――――お前がこんなとこに来て迷わんかったことがあるんか?」

ぐ――――――。

敢えて音にすればそんな感じになるだろう。苦い表情で和葉が視線をそらす。
平次は無理に口の端を吊り上げた。

「あらへんよなぁ?毎年天神祭に行きたい言うて駄々こねといて、
 行く度に迷子になって先に家帰ってるのは何処の誰や?」

ぐぐ――――――。

もちろん平次の耳にそんな音が聞こえた訳ではないが、和葉がそっぽを向く。

「大体居なくなる度に人に探させといて、
 家に帰ったら客間でお前が寝てるっちゅうのはどういうことや?
 人のスケジュール無理矢理空けさせといてからに――――――。」

「―――――帰ったらええんやろ。帰ったら。」

もしかしたら怒ったのかもしれない。

今まで進んできた方向とは逆向きに平次の腕を引っ張り始めた和葉の表情は見えないが、
その足取りは速かった。

「―――――えらい聞き分けがええな。」

向こうを向いたままの和葉に声をかけると、
目の前で揺れているポニーテールに話しかけているような気分になる。

「バカにせんといて―――平次の考えてることくらい分かるんやで?」

振り向かないままの言葉は、人込みの中でも辛うじて耳に届いた。

「話の続き――――まだ聞いてへんで。3年前のここで――――なんかあったんやろ?」

「………………。」

なんだって、この少女は幼なじみはこんなにも鋭いのだろうか。

(迷ってることほどよう伝わるんやな――――。)

彼女に言わせれば何年付き合ってると思っているんだ、とでもいったところだろうが、
それは単純な付き合いの長さとか、そんな事で分かるものではなかった。

自分が、彼女に甘えているのだ。

伝えたいけれども伝えたくない言葉達を、いつも無意識に彼女に送ってしまっている。
話させて欲しい、と。

3年前のこの日。祭の喧騒の中で平次が見たもの。
本当は、気付いていたのかもしれない。
幸せな日々が狂気をはらんでいたことを、本当は始めから知っていたのかもしれない。

―――――信じたくなかったのかもしれない。

もし現実が幻想を打ち砕く瞬間があるとするなら―――――
自分が見た狂気は現実であり、幸せな日々は幻想であったのだろう。

「お前―――探偵になれるんちゃうか?」

「何言うてんの?」

呟いた一言に、ようやく和葉が振りかえった。笑っている。

「平次でもできるんやで?探偵なんかに、ウチがなれへん訳ないやろ?
 でもウチが探偵になったら平次の立場がなくなるやろから―――
 そやから我慢したってるんやで?」

「は、さよか――――。」


この瞬間は、現実?それとも幻想?


それは、きっと自分がこれから決めることだ。
ただ、今は彼女の笑顔が消えることの無いように――――それだけを祈った。

もしかすると、既に決まっているのかもしれないが―――そんな思いは、胸に隠して。

Episode3(6)
C.O.M.'s Novels