Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(6)―
「ここ、どこ?何処に行くの?」
そう言いながら、香澄は快斗の前をどんどん歩いていく。
知っている道だろうがそうでなかろうが、彼女は人の後ろを歩くことなど滅多に無いのだ。
「後、10分位で着くかな。」
T字路で立ち止まった背中を見ながら、快斗は答えた。
「――――それ、答えになってないし。」
「最後はそう聞くんだろ?」
口の端を吊り上げた兄の姿に、振り向いた妹は明らかに不服な様子だ。
「聞くのかな―――――む、なんかそんな気がしてきたけど。」
香澄の顔に、快斗は無意識に今は亡き人の面影を探してしまう。
もっとも、彼女は香澄のように眉を寄せたりなどすることはなかったが。
それでも、やはり似ている。
もし髪の色が同じだったらもう見分けがつかないのかもしれない――――――
自分の中に残る真由美の姿は、もう朧だ。
きっと一生忘れる事などできない。
けれど、一方で時の流れは全てに靄をかけていく――――――
たとえそれが、凍った時でも。
記憶は、所詮は偽物。目に見えたものだけが本物なのだ。
(もっとも――――俺がちゃんと真由美を見れていたのかも疑問だけどさ。)
もう少し、自分が彼女を見つめられたら。少しは違う未来が在ったのだろうか?
「お兄ちゃん―――――次、どっちに行くの?」
10歩ほど先で、香澄がまたこちらを振り向いた。
何故か、彼女と真由美を重ね合わせて―――あの時と違い、自分が案内しているけれど。
「ああ。そこを曲がって―――――そしたら教会が見えるだろう?」
違う未来が、もしも在ったなら。今、彼女は隣を歩いていたのだろうか?
分からない。だが、これだけは確かだった。
今自分が香澄と共に登る坂道を、同じように一緒に登った時。
涙と、月と、僅かに蒼く染まる瞳と。
そうして彼女と過ごしたあの時間は――――――紛れも無く幸せだったこと。
そしてその幸せが――――今はもう無いこと。
「しらき……まゆみ、さん?」
香澄が、石に刻まれた名前をゆっくりと読み上げる。息が止まる気がした。
少なくとも、足が震えていた。
自分は、今立っているのだろうか――――?
平衡感覚が無くなっていく。
「誰?お兄ちゃんの知り合い?」
「俺の…………」
震えた言葉を、無理に押さえて。それでも掠れた声しか出せなかった。
俺が――――――ずっと、好きだった人だよ。そして―――――
凍った時が、動き出す。
君の記憶を奪った人――――――――君の姉だ。
何も言わないままで、快斗と香澄は向き合っていた。
ひどく心が痛む―――砕けた時間が刺さっている。
それでも、もう留まることは許されない。
「全部話そう。君が望むことを―――――――」
この痛みが、何かに変ることを信じて。
「君が望むままに。」
月が、静かに二人を見下ろしていた。
Episode3(7)
C.O.M.'s Novels