Episode3
―Missing Time 〜過行く時〜(7)―
その日も空は、ひどく澄みきっていた。
夏の陽射しもいよいよ眩しさを加えている。
ただ例年よりは湿度が低いせいか、過ごしやすい毎日が続いているようだ。
「何かあったのかしら?」
少し離れた場所にいる青子と真由美、
それと香澄に届かない様に、快斗の隣で哀がこっそりと呟いた。
「何かって、何が?」
「彼女が、貴方を拒絶しなくなったじゃない―――――それは何故?ってこと。」
「さぁ――――――。」
5人がいるのは、例の墓地がある江古田高校の裏山だ。
墓地の近所というのは必ずしも居心地の良いものではないが、
メンバーがメンバーだけに気にする者もいない―――
少なくとも、気にしない振りをしていた。
香澄は何が楽しいのかそこらを駆け回っているし、
何故か青子はそれを追い掛け回している(こっちの方がよっぽどおかしい)。
真由美はそんな二人を眺めて微笑みを浮かべている様子だ。
その3人は日当に。快斗と哀は木陰で休憩中だ。
「それはまぁ、俺お得意のマジックってことで。」
「あら?――――マジシャンとは知らなかったわ。意外ね―――似合わない。」
「………相変わらず容赦ないね、ドクター。」
「ええ―――私、嘘をつく人は嫌いなの。」
「そんなこと言うならドクターの方が何か隠してます、ってカンジじゃん?
ほら――――キレイなヒロインにありがちな黒い過去。」
「…………なんの話なのよ。」
その一瞬だけ哀の表情が曇る。
だが木陰にいるせいなのか、顔を伏せがちな彼女の表情はいつもにまして読み取りにくかった。
「彼女は――――――本当に、死ぬの?」
この世から、消えて亡くなってしまうの――――?
不意に、快斗が尋ねる。
彼女の言葉を、まだ受けとめられてはいなかった。
まだ、彼女の死を見つめられない。
信じろ、という方が無理なのはそうだろう。
実際彼女は快斗の目から見る分には特に著しく体調を崩しているという事も無さそうだから。
だが、それがもし―――――現実に訪れるとしたら?快斗は、哀に尋ねた事をもう後悔していた。
「怖いんだ。彼女の言った事はとても信じられない――――――
でも、嘘を言ってるとも思えないんだ。
不安だけ――――不安だけが、いつまでも晴れない。」
哀は答えなかった。
その沈黙が何を意味するのか――――――快斗に分からないはずもない。
結局信じられないのは同じだというのに―――何故、自分は尋ねのだろう?
「彼女――――――幸せになれるかな?」
快斗は呟いた。
驚いて――――もちろん表情は隠したままだけれど、哀が快斗の横顔を見つめる。
「幸せになって欲しいんだ―――――この世界の誰よりも、さ。」
余裕が無いのか、あるいは本当に真剣なのか―――快斗は表情を隠そうともしなかった。
いつもは、哀と同じ。ポーカーフェイスを崩さないくせに。
お互いに、本音を出さない事が最善だと知っているくせに。
―――――なんで、今目の前にいる貴方が、こんなに羨ましいのかしら?
きっと、知っているからだ。自分の闇を。そして憧れるからだ。自分に無い光に。
「俺は―――――もう逃げたりなんか、したくないんだ。」
闇の中で震える自分には――――光に進もうとする、彼が眩しい。それだけの事だ。
「彼女――――――幸せになれるかな?」
「―――――――なれるわよ――――――少なくとも、私よりはね。」
彼女には、貴方がいるから。
その言葉を哀は言わずに、そっと飲みこんだ。
「この時―――まだ、俺達は何も知らなかった。
俺は真由美の事なんか分かっちゃいなかった。
ドクターの事だって、今考えても彼女の過去を全部知ってるかなんて怪しいもんだ。
でも、ただ単純に――――純粋に――――幸せになれるって。
俺も、ドクターも信じてた。きっと、新一も、服部もね。」
それは空が今よりも、少しだけ綺麗だった頃のお話。
Episode3(8)
C.O.M.'s Novels