Episode4
―Unrolled Role 〜孤独の月〜(2)―


 平次は話を中断して、溜息をついた。
 そんなに長い話だった訳でもない。
 何故今までこの程度の話ができなかったのか、不思議に思えるほどだ。
 
 ずっと、長く辛い思い出なのだと、知らず知らずのうちに信じ込んでいたのだ。
 本当はその全てを掘り起こしたところで、一つの夜すら越せないような―――それだけの記憶に過ぎない。
 それも、時が過ぎた今だから言えることなのだろうが。
 
 短い夏だったと、今も思う。
 もっと長い時間を、彼女が幸せになれるだけの時間を。
 そんなことばかり考えていたから、短い夏だったと今も思う。

「黒羽の奴は結局――――真由美さんの最期は、看取れんかった」

 和葉は、黙って聞いていた。
 優しすぎる彼女のことだから、
 泣き出すかとも思っていたがそうでもなく、こちらを見据える瞳は強い。

「どういう、こと?」

 工藤邸に帰って来ているのは、まだ二人だけだった―――――
 日付はとうに変わってしまっていたが、この夜はきっと、そう簡単には終わらない。

「俺らが黒羽と真由美さんが並んで倒れとるとこ見つけてから――――
 そうやな、その後、日が上る前やった」

 ちょうど、今くらい。言葉を濁したが、平次ははっきりと覚えていた。
 ちょうど、三年前の今。彼女の瞳の蒼は永遠に失われたのだ。

「一度だけ、ほんのちょっとの間やったけど、意識も戻った」

 苦しげな様子は、なかったように思うが、
 彼女が気丈にもそれを悟らせまいとしたのか、本当に痛みや苦しみなどなかったのか。

 それは分からない。けれど。

「そうやな―――――心が痛い、ゆうとったわ」

「心が?」

 聞き返されて、平次は頷いた。

「そうや。
 本人は笑っとったけどな。その後で、こう付け足しとったわ」


『失恋、しちゃったみたいです』


 そう言って微笑んで、少し強がる彼女は、とても綺麗だった。


「平次は、なんて答えたん?」

「ん?そうやな――――――」



『さよか――――――ふられてもうたか』

『はい。
 やっぱり、素直になれない女の子はモテないみたいです』

『そんなことないて。あんたやったら、
 そこらの男ならよりどりみどりやで。素直やないのはアイツの方や』

『せっかくですけど、そこらの男なんて私には似合いません』

『は――――まったくや』

『そうです。失礼ですよ』

『――――――――――なぁ』

『はい?』

『大恋愛、やったな』

『―――――はい。
 きっと、一生分―――――』


 その僅かな時間だけは。彼女に触れられた気がした。

 最期に見た彼女と、黒羽快斗が見た彼女と。出会ったときに見た彼女と。

 どれが本当の彼女の姿かなんて、分からないけれど。
 宝石は、月の光に色を変えるのだから。


「最期の最期に、もう一言。
 灰原の姉さんに遺して――――――逝ったわ」

Episode4(3)
C.O.M.'s Novels