Episode4
―Unrolled Role 〜孤独の月〜(4)―


「起きなさい。
 いい加減、そろそろ朝食を食べてくれないと片付かないのよ」

「う――――――後五分・・・・・」

 哀が声をかけた部屋の主が、ベッドの上でごろりと半回転してこちらを見る。

「あれ?灰原――――――?」

「何?他に誰かいるわけ?
 わざわざ朝食の準備をして貴方を起こしに来てくれる人が」

 新一は、その問いには答えずにベッドから出た。

「お前、いつこっちに来たんだ?俺が帰った時にはいなかったろ」

 新一が帰ったのは、大体日が昇る直前のことだ。
 その時には、平次と和葉が心配そうな顔でメンバーの帰りを待っていた。
 結局帰ってきたのは新一だけで、まもなくシャワーでも浴びて今日は解散、という運びになったのだが―――――

「真由美さんの家に泊まったの。
 こっちに来たのは、そうね――――。一時間ちょっと、前かしら」

 大阪のお二人はもう食べてるわよ。それだけ言って、哀は踵を返す。

「俺さ―――――――知らねー間に、止まってたんだな」

 その背中に、新一は声をかけた。何も無いような、軽い声で。

「蘭は、ちゃんと三年進んでたよ。昨日会って、分かった」

「――――それが、彼女の強いところでしょう?
 本当なら、貴方がいない三年間、彼女だって凍った時の中にいたとしてもおかしくなかったもの」

「ああ―――――そうだな」

 もし、彼女が孤独の中に留まっていたとしたら―――――
 自分はきっと、彼女の傍を選んだだろう。

 そして、ちゃんと気付いたはずだ。自分達の時が、止まっていることに。
 だが、自分は気付かなかった。この結果は、多分それだけのことだ。

「言いたいことは、それだけ?」

「ん―――――すぐ下に行くよ」

 そう。とだけ答えて、哀は後ろ手に扉を閉めた。
 廊下を歩いていく軽い音が、新一の部屋にも響く。
 取り敢えず、手早く着替えて部屋の外に出た。
 洗面所で顔を洗って、そのまま下に下りる―――――

 哀がわざわざ起こしに来るほどだから、早いほうがいいだろう。
 ダイニングのドアを開けると、平次と和葉がそろって食事中だった。
 奥のキッチンから流れてくる珈琲の香りから察するに、
 哀が淹れた珈琲を一日の初めから味わえるらしい。願ってもない事だった。

「なぁ、工藤」

「ん。なんだ?」

 あまり寝ていないせいもあるのだろうが、あまり食欲はない。
 メインの皿を殆ど無視してサラダを適当に口に運びながら、新一は答えた。
 平次も新一よりはマシ、という程度であまり食は進んでいない。

「もう、全部終わり―――――それでええんか?」

「さぁな。俺に聞かれてもわかりゃしないさ」

 正直なところ、俺は自分の都合で動いてただけだからな。
 誰がどこで何してたかなんて、把握してるわけがないだろ。
 投げやりに答えていると、哀がキッチンから顔を出した。
 珈琲をそれぞれの前に置いてから、自分の席に座る。そうしてから、哀はゆっくりと言った。

「黒羽君の話は、昨日終わった」

 それは確かだと。そう聞いた新一と平次、それに和葉にも、複雑な空気が流れる。
 それは安堵と、終わってしまった事への不安だった。本当に、これでよかったのかと。

「貴方達の話は、終わった?」

「―――――まぁ、一応はな」

 正確には、終わったことを確認しに行ったと言った方が正しそうだったが、
 いちいち細かいことを言いたくもないので、新一はそう答えた。
 平次も同じような表情で頷く。

 なら、これ以上することはないじゃない。
 二人に哀は告げたが、その表情もまた似たようなもので、どことなく心残りがある様子だった。
 三年前の事は、終わってしまったことで。
 自分達はそれを乗り越えたのだと。どこか、そう言い切れない自分達がいるように思えた。

「ほんなら―――――取り敢えず、明日にでも大阪に戻るわ。
 また、様子見に何度かは来るつもりやけど」

 平次がそう告げて、朝食の時間もまた終わりを迎えたようだった。
 そのまま、めいめい食器やら何やらを片付け始める。
 誰も声を発することもなく、淡々と進んでいく作業。その静寂を、電話のベルが破った。

Episode4(5)
C.O.M.'s Novels