ACT.181 トルレイト/緋色


トルレイト城

『御疲れ様でした、ヒルダンテス様。
 久々の魔界はいかがでしたか?』


アルベルトが仰々しく出迎える相手はただ一人。


『・・・いかがもなにも相変わらずだ。』


黄金の髪に黒衣を纏う男、ヒルダンテスである。


『全くもって気に食わん場所だな・・・
 知性の欠片も感じられぬ愚劣な世界だ・・・
 魔人となった今も、やはり私はこの地上を愛しく感じる。』


派手な装飾で作られた王座に座る。
これも趣味が悪くて良い気はしないが、座り心地だけは抜群に良い。


『しかし、アルベルトよ・・・
 お前の手際の良さには、正直感服したぞ。
 コーデリア姫をお連れするとは、見事なものだ。』


もったいなきお言葉・・・と、
アルベルトもデフォルトのセリフで返してみせる。
その言葉は、彼ら以外にも居るもう1人に対しての少しばかりの嫌味でしかない。


『いえいえ・・・そんな眼をしないでください。
 カタルカス殿への侮蔑など一切・・・』

『貴様の戯言を真に受けるほど、拙者は軽くない。
 何ら成果を挙げていないのも事実・・・・・・
 次こそは、奴らの首を撥ね飛ばしてみせます故・・・』

『・・・そう気負うこともあるまい。
 我々の目的が果たせれば良いのだ。しかし、失態は重ねすぎるなよ。』

『ハ………』


深々と一礼してから去っていく。
流石は生粋の軍人といった所か、
この辺りの忠誠心は見事なものだとヒルダンテスも感心している。


『おやおや、ローズ女史も来られましたか。
 やけにボロボロですが、どうかされましたか?』

『ッ………』


今のアルベルトの言葉は、
カタルカスのときとは違い本当の嫌味。


『ローズ………
 なぜ、彼らを城下に引き込む前に出向いた。』

『!………それは……』

『お前の私への忠誠は、
 よく分かっているつもりだったのだが………』


カツカツと音を立てながらローズの前に立ちはだかる。


『彼らが上陸した場合は、城下にて討てと命じたはず……
 なぜ、私の命令に背いた。』

『ヒルダンテス様の御身に何かあってはと思――――――』


ガッ!!


『ッ!!』

『ローズ……私は味方に付かれる嘘が嫌いだ。
 それにだ………私が何も気付いていないとでも思っているのか?』

『なっ、何の事かアタシには』


胸倉を掴む手を更に強め、ローズの身体を持ち上げる。
細身に見えて、ヒルダンテスは力もかなりある。
無論、魔術師としての能力の方が高いが、
魔族化した人間―――魔人となったことで様々な身体能力が向上している。


『出向いて、討とうとした事は良いとしよう…
 だが、それで逃げ帰ってくるとは愚かな………』

『つ、次は必ず!』

『言ったな………
 私は能力の無い者ならば、女だろうが子供だろうが殺すぞ。』

『ハ、はい…!
 第二戦闘地区にて控えます!必ずや、首を!』


畏れ慌てるように、消えていった。


『フフ………』

『何がおかしい………』

『いえ………
 イルマ様とは全く異なる対応で少し可笑しかっただけですよ。』

『………』


この男―――アルベルトは笑いの使い分けが上手いと思う。
相手を立てる、相手を怒らせる、相手を畏れさせる…
そういう多種多様の使い分けが出来る人間だ。


『イルマの力は貴重だ。
 それに私の事を真に理解してくれる女だからな。
 だが、ローズは違う。ヤツは戦闘意欲が高いだけの猿だ。
 甘い言葉をかければ、直ぐに調子に乗る知能の低い………な。』


それでも“飼う”理由をアルベルトは理解している。


『――――――どう、致しますか?』

『今は動かずとも良い。
 私の半身が動きを制している。白には思い通りにさせぬさ。
 しかし………』


ヒルダンテスはニヤリと笑い、アルベルトを見る。


『運命とは数奇なものだな。アルベルト。
 似て非なる者は互いを呼び合う、か。』

『そうですねぇ………
 まぁ、緋色の天使さんが、
 こちらに来る手段を持たないだけ、随分と楽ですよ。
 それでも………』


“彼”は油断できない―――、心の底からそう思った。


『もう一人、天使の弟はたった1日で成長してしまいかねませんけどね。』