ACT.182 トルレイト/夢幻
トルレイト城 城下町
「・・・潜入成功、か。」
「しかし、見付かれば一気に戦闘だね。」
これまでの警戒とは言えなかった兵の配置とは異なる。
最初から、この城下町で先遣隊を潰すつもりだったのだろう。
しかし、重要な拠点であるこの地に招き入れ、
戦うというのは理解できない。
「・・・・・・何か仕掛けてくるか。」
「魔力の気配が・・・少し、強いですわ。
ロックハートくんはクリス姫から離れず、
魔法が発動された場合は、姫の魔力干渉を受けて下さい。
かなり・・・面倒になるかもしれません。」
この時点でメノウは、どの系統の魔法が発動されるのかまで、殆ど読み取っていた。
この町の中には、独特な魔力の流れが僅かにある。
そして、それが通常の魔法陣から放たれるような魔法ではなく、
具現魔法のような強固なものを創ろうとするのでもない・・・
「・・・索敵しているのでしょうか。
城下に入った事はばれているでしょうから、
早々に見つけられるのに・・・」
サクもまたメノウには劣るものの、敵の能力を見極めていた。
だが、敵もそれを分かっているから、容易に詳細までは読ませてくれない。
「面倒だねぇ・・・
待つのはあまり好きじゃないよ、ボクは。
あぁ、女性に待たせれるのはいくらでも構わ」
「黙れ、阿呆が。」
一般兵が近くを通り過ぎて行く。
あれが魔力を出して探っていた者では無い。
「――――――マズい…!気付かれましたわ!」
「「!!」」
一瞬にして空気が硬直する―――。
逃げるには、どう動けば良い。
一斉砲撃を喰らうのを分かって、飛び出すか―――
『もう遅い。』
「なっ…!」
全員の頭の中に声が響き渡る。
「・・・これは・・・精神魔法・・・!」
『流石だ、メノウ・クルスト。
お前の魔術師としての才も面倒この上ないな・・・』
悠然と語りかけてくるその声が、
女のものであるという事だけ分かる。
が、どこから飛ばしているのかが読めない。
『だが、もう遅い。
この城下に“ゼロ”であり“刻印所有者”が入った時点で、条件が揃った。』
「何・・・?
(俺のことか・・・!)」
『人間の魔力は抑えても微量ながら一定の魔力は放出され続ける。
だが、ゼロはその放出魔力があっては、生きていけない。
というよりも、魔力を放出できない身体だ。』
嘲笑っているのがよく分かる。
癇に障るようなものではないが、気分は当然良くない。
『そして刻印は、その特殊な成り立ちから、
刻印の中に完全に魔力を収めることが可能となる。
何が言いたいか分かるな・・・』
「・・・・・・自分の出した索敵用の魔力を全く魔力で干渉しない存在が居る場所、
しかし物理的には干渉している場所・・・・・・
それが、私たちの隠れる場所・・・と言う訳ですわね。
魔力・魔法攻撃と探索は、対象となる魔力干渉率、物理的干渉率からの差分で成り立ちますから。
もしも刻印が、人間と同じ様に一定量の魔力を放出しているのなら、
見つける事は逆に困難になっていたかもしれない・・・ですか。」
ゆるりとメノウは立ち上がり、一人だけ表に歩いていく。
「よくやった・・・とは言えませんね。
むしろ、片腹痛いですわ。」
『何―――・・・』
「私は、あなたのような司令官級の人間が
手を出してくれるのを待っていたのです。
必ず、魔力・魔法においてウィークポイントとなる
“ゼロ”を突く行動を起こす事は予測出来て当然ですからね。」
誰も居ないはずの民家の屋根を見つめる。
「ここまでの道中、それをなさらなかったのは、
こちらの戦力のほうが、郊外の防衛隊より優れていたから。
いえ・・・私に一番恐れを抱いていたからでしょう?」
いつの間にか敵兵がメノウを取り囲んでいるが、
ソウジらも彼らの一部の後ろを取っている。
気軽にメノウへの手出しは出来ない。
「ただし、貴女・・・見る目はありますわね。
あまり良い策とは言えませんが、
城下でこんな作戦の遂行を許されるとなれば、
ヒルダンテスさんの副官に相当する人物でしょうか。」
『―――その通り。』
屋根の上に一人の女が現れる。
褐色の肌に黒い髪、そして深紅の瞳を持つ。
「精神魔法は使わせません。」
『・・・そうか。
私が使おうとしていた術が、
“痛みの記憶”を再発させるものだという事まで分かっていたのか。』
「ですが、純粋な魔法合戦ならば受けて立ちましょう。」
メノウから魔力が溢れている。
それも殺意を剥き出しにした、危険な形―――
「皆さんは周りの方々を倒された後、先に向かって下さい。」
「・・・大丈夫、なんだね。」
「えぇ。
この連戦続きで調子が上がっていますから。」
ザ・・・ッ
「始めましょう。お名前を教えて頂けますか。」
『イルマだ。』
「そうですか。宜しくお願いしますわ、イルマさん。」