ACT.183 トルレイト/その二つ名



『5分で全滅…そして進軍とはやってくれる。』

「彼らは下手な軍人よりお強いですから。」

『…その様だ。』


トンと軽やかに道に降り立つ。

この場は剣士にとって、あまり戦場としては適さない。
両面を民家に囲まれ、馬車が2台半通れる程度の道幅だ。
しかし、魔術師にとっては問題のないフィールドである。


『そして、先に行かせるという判断も見事だ。
 この地形を理解し、最小限の戦闘で切り抜けさせる。
 もしも、私と多対一で戦ったとき、剣士や格闘家では戦い辛いだろうからな。』

「……えぇ、その辺りの事はきっちりと考えておりますから。」

『噂どおりか…メノウ・クルスト…
 いや、一瞬にして四肢を四分割する使い手……』


そう言って、白銀のナイフを取り出す。
魔法の媒介に使う事は明白だ。

近接戦闘を仕掛けようとしたところで、
メノウは魔物でいうところのS級魔術師。
無用な接近を仕掛けたところで、阻まれるのは必至だ。


『“三ツ刃の閃慄”…だったね。』

「…その名は既に死にましたわ。」

『…そうかな。
 お前のその眼は今も人を斬れるものだと思う。
 そう…あの人をも苦しめるほどの……』

「…今の私は魔術師ですわ。
 そして、本職は単なる図書館司書。
 ですが…そうですね。」


ガラスのレンズが光を反射し、瞳を隠す。
何かが――――――変わりつつある。


「敵を殺すことに関しては、何の躊躇いも無い。」

『――――――。
 (来る。だが、この人を止めれば、勝率は何倍にも上がる。)』

「勝てませんわ。良くて引き分けです。」


ザ…ッ


「今日は媒介無しで戦いましょう。」

『!………』


媒介を使えば、魔法の威力・能力・効果を上昇させる事が出来る。
そしてその媒介はある程度の魔力耐性をもって作られたものが殆どだ。
臨機応変にそうでないものを使用することも多々ある。

メノウは普段、魔本唱術と呼ばれる形式で魔法を扱う。
威力上昇と魔力消費軽減の媒介として魔術本を使用するのだ。

が――――――それを使わないと言う事は、
“期待値を下げる”ということを宣言していることになる。


「喜んでください。
 リノンさんよりは私の魔法は少しだけ優しいですから。」


右手をイルマに突き出す。
そして、その右手を覆うように緑色の魔法陣が生まれる。
それが示す属性は―――


『!(風の魔力…!)』

「詠唱省略…フルガンストスピレイト。」


魔法陣から吐き出される大嵐の刃!
しかし、イルマはそのまま魔力を放つことで相殺してしまった。


『………。』

「…申し上げたはずですわ。
 私はリノンさんのような超S級に成り得る魔法技術は持っていません。
 魔族か魔人であるあなたの魔力放出だけで壊せるものも多々ありますけれど。」

『………それを分かっていて尚、戦う姿勢を崩さないのは…』

「当然、時間稼ぎ。
 ソウジ君たちが早く城に潜入する為…
 そして、後続部隊の到着を待つ為………」


再び魔力が込められて行く。
次は、大気中の魔力もメノウの右手に集まっている。
量だけでいえば、さっきの5割増―――


「そして、もちろん………
 この拙い魔法技術でも貴女を倒す自信があるからですわ。」

『――――――。』


少しだけ、イラついているのか…言葉が出てこない。
ただ、メノウに向けられる視線が鋭く、敵意と殺意だけに昇華している。


「どうぞその怒り、私にぶつけてみてください。
 その全て―――斬り裂いて差し上げますわ。」