前編 第1話『銃声<オト>』


「・・・・・・・・・ったくよ・・・・・・・」

何で“遠足”に行かなきゃなんねーんだ。
元高校生、現小学生はその身体に似つかわしくない溜息を吐く。

「あら・・・“さんすう”とか“こくご”をやらなくて済むんだから・・・
 もう少し前向きに考えなさい・・・ま・・・私も流石にこれは厭だけど・・・」

そんな大人びた、というよりは大人ぶっているように見える口調。
隣で歩くその少女もまた、身体の時間を巻き戻された人間の1人。

どちらも死ぬハズだった。
その薬は死体に毒殺の証拠が残らないという完全犯罪が可能な代物。

―――APTX4869。

“出来損ないの名探偵”と名付けられたその薬を飲まされた高校生探偵と
死ぬ為に飲んだ科学者は予期しない事態に巻き込まれた。

―――幼児化――――――

だがこの2人は元より17歳や18歳の頭脳を超えたそれを持ち、維持している。
運が良かったとしか言いようが無いだろう。
もしも、頭脳まで幼児化していたら、この“遠足”を楽しんでいた所だ。
それはそれで構わないかもしれないが・・・

「せんせーっ!江戸川君と灰原さんが手をつないで歩いてませーん。」

「「んな・・・っ!」」

郊外活動に於ける小学校低学年ならば“当たり前”の行動、隣の男女と手を繋いで2人で歩く。
その“当たり前”の行動はいつしか出来なくなる。

「ちゃんと繋がなきゃダメよ、江戸川君、灰原さん。」

メガネの女性教師、小林先生は小学生離れしたこの2人に酷な事を言う。

「迷子になっちゃうかもしれないんだから・・・」

や、それは無い。

「えっと・・・その・・・(だーっ!めんどくせぇ!)」

「江戸川君。ゴメンね・・・ハイ。」

済まなそうな顔で手を出す。

「あ・・・あぁ。」

先日の天体観測の事件時の演技といい、
初めて会った時に遭遇した偽札事件の解決後といい、
この手の演技が恐ろしく巧いと感じる。

自分自身、常に傍に居ながら待たせているという嘘を演じ続けている。
それは非常に耐え難く、今までに幾度と無く真実を彼女に言おうとした・・・が、
逆にそれを伝えてしまえば、永久にその顔や声に会う事が出来なくなるかもしれない―――

時に彼女には正体がバレそうになった。
その時は逆にその真実を隠そうとする自分が居る。

今は言う時ではない。だからこそ隠す。
が、言えば待つ苦痛から解放する事が少なからず出来る。
常にその2つに取り巻かれながらも、今まで何とか生きている。

(・・・強運っつーより、凶運だな・・・)

腹部を刺されかけたり、撃たれたり、
漆黒の男に追い詰められたり、黒の女とは直接対面した・・・

そしてその時に手に入れたモノ・・・

「・・・あなた、まだあのアドレスにかけようか、かけまいか悩んでるの・・・?」

小声ではない、が誰かに気にされるほどの大きさでない声で灰原が言う。

「言ったハズよ・・・パンドラの箱だ、って・・・」

「バーロ・・・奴らと接触してる時点でとっくにパンドラの箱を開けかけてんだよ。
 まぁ・・・今は止めとくぜ・・・」

「・・・その方が懸命ね・・・」

パンドラの箱・・・開けてはならぬその箍を外したが為に
この世にあらゆる災厄や疫病が広まったとされる神話。

もし、その箱(アドレス)に鍵を差し込めば、
この一連の流れを全て知る事が出来るかもしれない。
だが―――その代償に何らかの災いを得るとしたら・・・

推理で追い詰める時に今まで何ら躊躇う事は無かった。
もしかしたら、真実を目前としてここまで立ち止まるのは初めてかもしれない。

「・・・で・・・・・・そんなに不服かしら・・・?」

「あ?何がだよ・・・」

「指先だけで手を繋ぐなんて、中々面白い事をやってくれるじゃない・・・」

照れ隠しか、ホントに厭な場合のみ指先に触れる程度に繋ぐ。

「いつも彼女に甘えて手を繋いでるから、気にしてないと思ったけど、結構ウブね・・・」

「甘えてねぇし、繋いでねぇよ!」

や、そりゃ嘘だ。膝の上にまで座ってるだろうに。

「つーか、キャラが微妙に違わねぇか?オメー・・・」

「そうかしら・・・?書き手が違うとそんなものよ。」

「あぁ、なるほどな。」

放っておいてください。

「・・・ん?」

自分達が歩く反対車線の左斜め前方の路肩を見る。
そこにはガードレールに左手を付いて、バイクに跨っている恐らく男。
バイクは黒をベースに赤と白のいわゆる「カッコイイ」マークが施されている。

「・・・何・・・?」

「あぁ・・・いや、あのバイク・・・地図を見てる感じでもねェから、
 待ち合わせか休憩でもしてんのかと思ったけど、
 幾らなんでもあんな路肩でそれはねぇな、と思ってよ。」

「・・・・・・」

もう少し、素直に物事を見たらいいのに と思う。

「別に気にするほどの事じゃないわよ・・・多分。」

そうしている内に丁度左手にバイクがある所まで近付いてきた。

同時にそのバイクと同じ車線・・・そこを黒いワンボックスカーが走り込みバイクの横で止まる。

その瞬間―――――――――

「「「!!」」」「「「な・・・何・・・?」」」

「じゅ、銃声――――――!まさか!」

ワンボックスが再び走り出し消えていく。

「!」「ひ、人が・・・!!」

灰原の右手を離し、通行の少ないその道路を横断する。
横断する間に走り去る車のナンバーを即座に覚えつつ、
的確に素早く倒れたバイクの男に近付き処置を加えようとする。

「!(喉元近くを一発・・・!)」

「う゛・・・・・・・・・」

「喋っちゃダメだ!」

小学生達が騒ぎ始め、教師陣も一瞬うろたえたが、コナンの声を聞いて救急に連絡を入れる。

「あ・・・・・・あい・・・つら・・・・・・俺を・・・裏切ろるつもり・・・最初から・・・」

「(利用・・・?!)もうすぐ、救急車が来るからもう喋っちゃ・・・・・・―――」

目に見えて動かなくなったのが分かる・・・呼吸も、無い。
その間に黒のワンボックスが見えなくなる。

「・・・9時6分・・・死亡確認・・・ね。
 死因は明らかに頸部への銃撃による出血多量、それによるショック・・・」

「クソ・・・ッ」

こういう時に限って 紅い音が速くやってくる

だが それでも遅かった

サイレンの音が鳴り止んでも尚、 紅い血は 流れつつけて―――