前編 第2話『偽導<ミスリード>』


その日 男はいつも通りにその場所に居た。

水曜の午前9時。それが定刻。
その時間に相手が遅れた事も自分が遅れたことも一度も無かったが
今日は初めて相手が5分近く遅刻している・・・

反対車線の歩道には近くの帝丹小の子供達が列を成して歩いている。

「・・・チッ・・・」

遅い・・・そう思って少し振り返って見ると相手は未だ見えない。
代わりに・・・良くは見えないが先生が誰かに注意している。
ふざけあって叱られている、そんな所だろうか。

「・・・・・・・・・」

“いつもとは違う”カバンを背負って、隣のコと並んで手を繋ぎ歩いている姿を見ると、
“こんな仕事”をしている自分でも和んでしまう。
人を蝕む者をばら撒く自分がそんな物と縁遠いモノを見てそう感じるのは少し笑える。

―――お前らガキが大人になるころには、この国はどっぷり漬かってるぜ・・・可哀想にな。

ふと気づくと聴き慣れた五月蠅いエンジン音が近付いてくる。
その黒いワゴンが自分の隣に止まり、ウインドウからいつもの顔が出る。

「よぉ、アンタが遅刻するなんて・・・・・・――――――」

その瞬間―――――――――



「うん、ナンバーはそれで間違いないよ。メーカーは分からなかったけど、黒のワゴン。」

これで4度目だが、丁寧に答える。もう聴取には慣れた。
現場では鑑識が慌しく捜査している様だが、ここではその様子を見る事が出来ない。
目撃者の数が1学年分もあるだけあって、取り敢えず目的地の公園にて、
教師陣を主として状況を聞かれ、それらに答えている。

「銃声はいくつ聞こえたの?」

顔見知りの警部補に聞かれたので答えようとしたが、

「1発だけだぜ、パァンッ!ってな。」

「そうしたら、その車が一気に走って行ったんですよ。」

「そのままずーっと、まっすぐ!それでバイクの人が倒れててコナン君が助けに行ったの。」

どうしても関わりたいらしい。

「・・・彼・・・何か言ってた?」

「・・・“あいつらに裏切られた”・・・って言ってたよ。」

他にも何か言おうとしていたけれど、それだけしか聞き取れなかった、と加えておいた。

「でも良かったわ。下手したら、あなた達にも銃を向けてたかもしれないから・・・」

「・・・向けるつもりなんて無かったと思うよ、佐藤刑事。」

「・・・え?」

疑問符を使いながらも、いつも通り聞いてくれる姿勢だ。
この人や“この人の彼氏”が聴取の相手の時は非常にやりやすい、と思う。
かといって、某警部が厭という訳では決して無い。

「スモークガラスで中を見えないように気を配っているのに
 どうしてナンバープレートを隠さなかったのか・・・
 そう云う店にはナンバープレートに半透明のプレートをつけて
 ドレスアップするアイテムがあるって聞いたことあるけど・・・」

「それを黒く塗って、被せておけば見難くなるってワケね。
 もしくは偏光板みたいなのでも・・・とにかく、そう言う事をしていないのは・・・」

「・・・犯人はナンバーを覚えて欲しかったんじゃないかな・・・」

「どーいうコトだよ、コナン。」

と、いつも通りの質問の“うな重少年”。

「犯人は俺達をミスリードさせようとしてんだよ。
 偽造もしくは別の車のプレートをあの車に付けてな。」

「なるほど。そうすれば、ナンバーと車種が合わなくて捜査を撹乱することも可能という訳ですね。
 もし撃つ気があっても撃たなかったのは、その撹乱の為の目撃者になって欲しかったから。」

相変わらず、鋭い時は鋭い。
というより、自分が実際に小学生だった頃にここまで物事を知っていただろうか。

「あぁ・・・だから、本当の所はナンバーじゃなくまずは車種の特定が先・・・」

「そんなのよりよぉ、ナンバープレート外して殺した方がバレなくて済むじゃねーか。」

そっちの方がよっぽど怪しいッつーの。
というだけでは忍びないので、“万が一、パトロール中の警察に見付かったら大変だから”と言っておいた。
多分・・・いや、僅かに納得している様子。

「車種も必要だけど、速くしねぇと修理に出されちまう。」

「「どうして・・・?」」

事故ったら修理するのは分かっている様子。

「・・・ルミノール反応ね・・・あの人、そんなに厚着していなかったから、
 撃たれた時に入射痕の方からも服に染み込まずに多少、血が飛んだでしょうから・・・
 車にも血液が付いてるかもしれない・・・そうでしょ、江戸川君・・・」

可愛げがない。

「ああ。硝煙反応もちょっとは期待してるけど、とりあえずそっちだな。」

拳銃で撃たれた場合、血が激しく飛び出るのは弾が出る面である。
とは言え、入る面からも多少の血は出る。

「車を黒に選んだのは黒地に赤なら見えないから。
 逃走の際に血液が付いていると言う事を通行者などに悟られないようにする為・・・よね?江戸川君。」

「ああ、血液が付いたモノはどんなに丁寧に洗っても大抵の場合、
 反応が出るけど塗装されちまったら、もうどうにも出来ねェからな。だから、佐藤刑事。」

「分かったわ。(動かされてる気もするけど・・・このコが失敗した事は無いし、
 むしろ、私達を補ってくれている・・・今日も少しだけ、頼ろうかな。)」